龍のシカバネ、それに月
1
(良い匂いがする……)
優月のこめかみに唇を寄せ、耳元に舌先を這わせた。
「……ん…」
ピンク色に染まる目もとが、きゅっと潜まる。
「優月。……気持ち良い?」
小さな声で、濡れた耳元に囁きながら、パジャマの胸元から手を滑り込ませる。
暖かな体温を手のひらに感じながら、密やかに息づく小さな突起を探り当てると、それを指先で弄んだ。
指の腹で潰して、撫でて、摘んで……しこりを持ち始めると、優月は息を荒げて、匂いも強くなってくる。
「や、……あ…っ、ぅんん…」
眠る優月は、毎晩、弟にこんなことをされている事実を知らない。
同じ部屋には母さんも眠っているのに、兄にこんな感情を抱く俺は不埒な弟だ。
ダメだとわかっているのに、止められない。
優月の近くにいると、触れたくなる衝動を抑えられなくなる。
「優月……安心して。どこへもやらないから……」
熱を持ち始めた首筋に鼻先を近づけて。
このところ、急に『匂い』を放ち始めた兄の香りを楽しんだ。
まだ小学生だったころ。
時折、夜中に母さんの声を聞くことがあった。
小さなくぐもった声は「……にかけて」という最後の言葉しか聞き取れない。
下を向いたまま話せば、こんな音になるのかもしれないな、とぼんやり思った。
(ぼそぼそうるさくて寝られない……)
目を覚ましてしまったついでにトイレに行っておこうと半身を起こした時、顔をあげた母さんと目が合った。
薄手のカーテンは、たやすく月の光の侵入を許してしまう。
額から血を流し、あちこち破れてボロになった服を着た母さんが、眠っている優月の横で手をついて頭を下げようとしていた。
「な……何してるの……。どうしたの、その格好……怪我、してるの……?」
素早く近づいてきた母は、手のひらで俺の口を封じた。
鼻をつく、血の匂いがする。
「朝陽。もう、11才になったのよね。大事なことを言うから、頭の片隅に置いて」
普段聞いたこともないような低い声色で、鼓膜に染み入らせるゆっくりとした口調で母さんは続けた。
「朝陽と私は匣姫さまをお守りするのが使命。決して北にも東にもやらない。南龍の名にかけて」
そう言って、優月を振りかえる。
「ハコヒメさま……? って何……優月のこと?」
俺は、夢でも見ているんだろうか。
母さんが『ハコヒメ』と呼ぶ少年は、1つ年上の俺の兄だ。
「東龍に、この場所を嗅ぎつけられた。明日、引っ越すわ」
「え!? また引っ越すの? さっきから『ナンリュウ』とか『トウリュウ』とか何のことを言って……」
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