龍のシカバネ、それに月
1
「っは、あ、んんっ……ゆき、の……」
細く折れそうな首が反って、白い肌が薄紅色に上気している。
赤く色づいた唇から、たどたどしく私の名前を呼ぶ匣姫を、生まれてから出会った誰よりも深く愛していた。
儚い腰に手をやって、月哉の奥深くを突いて出る甘い声と、小ぶりの男の徴がこぼす白濁をも永遠にできるすべがあるなら、とうにそうしていただろう。
下腹に子種を押し込むように迸らせると、月哉はじっと目を瞑って「しばらくそのままでいて」と、鼻にかかった声で甘えてくる。
その仕草が愛らしくて、私はいつまでもいつまでも、この両の性を持つ特別な人を抱きしめるのだ。
「雪乃の子供、できるかな……」
目を瞑ったまま、そんなことを言う。
「いずれは」と返すと、ちょっと怒ったように眉を潜めて「すぐ欲しいんだよ」と返ってきた。
「雪乃の子供が欲しい。雪乃によく似た子が良いな」
「そのようなこと、わかりませんよ。貴方に似た子ができるかもしれません。私はどちらでも構いませんが」
それでもまだ「いや、やっぱり雪乃に似たほうが良い」と言う。
「だって雪乃に似たら西で一緒にいられるけど、もし、匣の力を持つ子ができたら……」
月哉の言わんとしていることはわかる。
匣姫が産んだ子で、匣の力を見いだされた子は、匣宮の子になる。
匣宮で匣姫候補として教育を受けることになる。
そして将来、匣姫に選ばれることになれば……。
(歴史は繰り返される)
自然を統べる四龍だとて、他の命と同じこと。
種を絶やさぬように生きることを続けていくしかない。
そんなことを思っていると、月哉の細い腕が私の肩に抱きついてきた。
「月哉」
「良かった。配置先が西で、雪乃で。ずっとそばにいられる」
「そんな暢気なことを言っていられるのも、今のうちかもしれませんよ」
月哉は腕を離すと、枕に鼻先を埋めた。
「影時の……気持ちは、 わかるけど」
「…………」
『わかるけど』。
その言葉の続きを、月哉が口にすることはない。
本当にはわかっていないからだ。
美しい黒髪をこめかみからすいてやると、うっとりと目を瞑る。
黒くて長い睫毛が大きな目を縁取って、その回りは情事のために赤く染まっている。
この世にこれほど愛すべき存在があるだろうか。
芳しい香りは常に私を誘い、小さな赤い唇が「雪乃の子供が欲しい」と甘い声を紡ぐ。
「貴方は、わからなくて良い」
半分眠りの淵にいる月哉は、「なにを?……」とぼんやりした言葉を返してくる。
私は月哉の肩に上掛けをかけて、白い下腹にそっと触れた。
私の子種を飲み込んだのは何度目だろう。
匣宮ですでに匣姫の体になっていた月哉は、最初から私の子を欲しがった。
手に触れることすらおこがましいと膝をついて崇めていた人が、私のたった1人の伴侶となった。
天女を妻にした男は、こんな気持ちだったのだろうか。
もしも月哉が天に帰りたがっているのを一度でも聞いたなら、私もあの愚かな男と同じように羽衣を隠したに違いない。
「雪乃」
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