龍のシカバネ、それに月
4
――雪乃を殺して……
北龍影時の声が、頭の中に直接響くようだ。
「優月さま? ご気分が悪いんですか?」
「だ、大丈夫……です。ごめ……」
そう返すも、心配してくれたらしい静さんが、震える僕の手を握ってくれようとした。
それを、触れられないように、慌てて引いた。
「……優月さま? いえ……」
この場で個人的な話を続けるわけにはいかないと思ったのか、静さんはそのまま、後ろに引いて行った。
(ごめんなさい、静さん。変だと、思ったよね……?)
蒼河さんに触れられたあの夜から、やっぱり龍が怖い。
触れられるのが怖い。
手を握られたら、そのまま逃げることもできないように押さえ込まれるんじゃないかって。
頻繁に起こるはずのないことに怯えている。
たった1人、青鷹さんを除いては。
影時はさっと立ち上がると、正座していた小さなきつねさんの前をずかずか歩き、灰爾さんの前に立った。
灰爾さんはすわったまま、じろりと影時に目を向けている。
「何です? 言いたいことがあったら、北の席で言えば良い。ちゃんと聞こえますけど?」
茶化して言う灰爾さんのすぐそばを過ぎ、影時は白い几帳の布地を掴むと、いきなり勢いをつけて剥いだ。
「雪乃さまっ……」
思わず声を上げてしまった。
だってまさか、頭領の几帳を開くなんて。
几帳の生地を剥ぎ取られたその場所に、雪乃さまは扇子で口元を覆い、目だけで影時を見上げていた。
赤い几帳の向こう側から、かたりと音がする。
朱李さまも腰を上げようとしたんだろうか。
「影時殿……。頭領に対してこのような。礼を逸しているのではないか?」
雪乃さまは微動だにせずに、そう言った。
影時は雪乃さまには何も言わず、生地を持ったまま、灰爾さんを振り返った。
灰爾さんも微笑を浮かべたまま、影時を見ている。
雪乃さまが、何だというんだ?
この震えは何なんだ?
「西龍後継。よく作ったな、“頭領”を……いや」
意味のわからないことを言う影時にも、灰爾さんは薄い笑みを浮かべたままだ。
「いや、おまえのことを西龍頭領と呼ぶべきか? 林灰爾」
「…………」
北龍影時の言っていることがわからない。
残りの後継二人も、わかってはいなさそうだ。
影時は雪乃さまをじっと見下ろして、はっきりと言った。
「西龍頭領 風祭雪乃は20年前、俺がこの手で殺した。今、ここにいる風祭雪乃は、灰爾が作り、保ち続けた幻だ」
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