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龍のシカバネ、それに月
3

―― 安心せい。次の頭領会談には、そなたも呼ぼう。言いたいことがあるなら、そこで聞いてやる。

 真夜中の匣宮。
 狐の面をかぶった、大人の物言いをする、子供。

 いや、子供だったのか? 
 顔は見ていない。
 志貴子さんが紹介してくれた『きつねさん』は去ろうとする北龍 影時に向かってそう言いはなった。
 会談に来いと。

(来るのかな、北龍……)

 発言権がないと言われている僕の前にも、薄い黄色の几帳が立っていた。
 生地は薄く、透かし模様に山吹の花が描かれている。
 向こう側は少しぼやけるだけで、青鷹さんの表情まできちんと見えた。

 その青鷹さんがふと背後の几帳に沿うと、正面に向き直った。

「そろそろ、始めようか」

「でも、席が1つ、まだ空いてるみたいよ?」

 灰爾さんが言う通り、北龍の黒い席は空っぽだ。
 青鷹さんも紅騎さんも、空席にちらと目をやる。

 その時、廊下から足音が聞こえた。
 足袋と床の擦れる儚く、けれどしっかりした足音。

「北龍影時さま、来られたんでしょうか」

 僕の背後から静さんが囁いた。
 その囁きに返事をする前に、北龍影時は姿を現した。

 一気に場の空気が凍るようだった。
 三龍とたった1人で対立し続けてきた男。
 しん、と音が消えていく。

 黒と灰のぼかしを描いた和服を着こなし、伸び放題だった髪も髭もさっぱりと綺麗になっていた。
 その影に重なるようにして、誰か立っているのが見えた。

「あっ……きつ……」

 立っているのは、匣宮の夜のきつねさんだった。
 面をつけた姿はあの夜と変わらない。
 後継三人は、面をつけた不審な子供に目をやったが、几帳の後ろにいる頭領は誰も、何も言わない。

(そういえばあの夜、きつねさんが「藍架に用がある」って言ってた)

 きつねさんは、頭領たちと顔見知りなんだろうか。

 影時は場の入口に膝をつき、軽く頭を下げた。

「遅れまして」

 短い言葉の後、さっと立ち上がると、まるですわりなれた場所であるかのような所作で、北の席に腰を下ろした。
 影時に目をやってから、青鷹さんは場を見回した。

「じゃあ、始めましょうか」

 影時をちらと見た灰爾さんは頷き、紅騎さんは無言で青鷹さんを見返した。
 場を見渡した影時が、手を挙げた。

「配置の話の前に、 1つ、はっきりさせたいことがあるんだが」

「? 何です?」

 青鷹さんが少しだけ眉を潜めて影時を見返った。
 影時は青鷹さんの視線を通りすぎて、灰爾さんに目をやっていた。

「西龍後継が、どうしたというのでしょうか」

 静さんが背後から囁いてくる。
 囁き声が、少し遠い。

 僕の体は知らず、震え始めていた。


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あきゅろす。
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