龍のシカバネ、それに月
2
雪乃さまの後ろに小窓があった。
そこから光が差し込んで逆光になっていただけだった。
光が雪乃さまの細い輪郭をぼやかしていた。
(なんだ、吃驚した……)
まるで、雪乃さまが透き通って、消えてしまいそうに見えた。
さらさらと細い髪が、肩にこぼれる。
白を思わせるたおやかな姿は、最初に出会った東龍屋敷にいた白龍を思い出させる。
浅黄色をぼかした白っぽい和服の裾と足袋をさらさらと鳴らして奥へ進んでいく雪乃さまの後ろ姿をぼんやりと眺めていると、背中を手のひらで軽く押された。
「っ!?」
やっぱりまだ、人に触れられるのは怖い。
変に思われなければ良いけど。
「何。やっぱり来たの? 匣姫さま」
笑いを含んだ声に振りかえると、上がってくるのは紅騎さんと、その後ろに灰爾さんも。
僕の態度を気にしている様子はない。
前を過ぎようとする紅騎さんを見上げて「はい」と返した。
紅騎さんはいつもの無表情で「そう」と言っただけだ。
そのまま、振り返らずに歩いて行った。
「優月ちゃん。体、大丈夫なの?」
「えっ!?」
過剰反応な僕に、灰爾さんはきょとんと目を見開いた。
「『えっ』て、風邪引いてたんでしょ? 静さんの手を振り切って、匣宮に行ったんだって聞いたよ? そのまま匣宮の縁側で熟睡してたって」
笑いながら言う灰爾さんに「そんなこと……」と返していて、頭に伸ばそうとしている灰爾さんの手を反射的に払いのけてしまった。
吃驚したように見開いた目。
「は、灰爾さんっ……ごめっ……」
しどろもどろと言葉を探していると、円かった灰爾さんの目が、笑って細くなった。
「ごめんね、優月ちゃん」
僕が謝る前に、灰爾さんから謝られてしまった。
どうして、灰爾さんが謝ったりするんだろう。
灰爾さんも廊下を進み始めて立ち止まって、振り返った。
『ごめんね』って、何がだろう。
灰爾さんは玄関の小窓の光に目をやって、小さく笑った。
「優月ちゃんに発言権がない今日はね。何が何でも、青鷹から優月ちゃんを奪うから。だから先に謝っておくね」
「――!」
本気の目だ。
口元は、笑ってるけど。
(そうか)
匣姫を手に入れられるかどうかは、一族の繁栄を大きく左右する。
今更ながら、ことの重みをずっしり感じる。
託占がないんだから、今日の会議で決定するわけじゃないけど。
(やっぱり緊張する)
ぴかぴかに磨かれた廊下を、僕も大きく息を飲んでから、進んだ。
会談の場にいるのは、東龍後継 久賀青鷹、西龍後継 林灰爾、南龍後継 保村紅騎。
それぞれの後ろに几帳が立っている。
緑色の几帳の後ろには東龍頭領 井葉藍架、白い几帳の後ろには西龍頭領 風祭雪乃、赤い几帳の後ろには南龍頭領 保村朱李。
そして……
北側に、黒い几帳がぽつりと立っている。
その前にも後ろにも、人がいない。
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