龍のシカバネ、それに月
5
影時は僕に、旅立つ命を半死半生に留める異能があると言っていた。
「遺体? 亡くなったんですか!? 蒼河さんも、志貴子さんも!? 嘘!」
「本当だ。二人とも家で亡くなっていたと。志貴子さんの無理心中じゃないかと、碧生さまがおっしゃっていた。蒼河が志貴子さんに抵抗できないはずはないから、蒼河も承知の上だったんじゃないか、と……」
嘘だ。
……嘘だ。
家で死んだ?
嘘だ。
蒼河さんは匣宮で、僕と体を合わせたまま、志貴子さんに背中から小刀で。
(“そういうことになっている”?)
脳裏にきつねさんの姿が浮かんだ。
浩子さまが『あの方』と呼んで、命令に従っていたのは、あのきつねさんのことだ。だとしたら、蒼河さん親子の死因を操作したのも、きつねさんなのか?
あの時、蒼河さんは半死半生で、志貴子さんは確かに生きていたのに。
僕にはやっぱり、そんな力なんてなかったってことなのか?
(まさか、きつねさんが二人を殺したの?)
まさか。
そんなことに、何の意味があるっていうんだ。
「残念だ。蒼河にはこれからしてほしいことがたくさんあったのに」
青鷹さんは落ちついた声色で言ってから、仰向けに寝ている僕の髪をすいた。
「優月は、無事で良かった」
安心したように笑う。
「僕は、」
何を言おうとしているのか。
蒼河さんとのことを青鷹さんに言わなくて良いんだろうか。
蒼河さんは亡くなってしまった。
僕の力があるとして、半死半生に留めたはずの蒼河さんが亡くなった。
もう二度と話すことはない。
これも、きつねさんの策なのか?
匣姫が蒼河さんと繋がりを持ったことは誰も知らないことになった。
いや、そうしたのか?
(わからない……)
「『僕は、』何?」
「あ……」
完全に空に浮いてしまった僕の台詞に、青鷹さんは「仕方ないな」と笑った。
「じゃあ、優月の代わりに。『俺は、』」
「……はい」
何だろう。
やっぱり、わかってしまったんだろうか。
僕の知らない、僕についた“匂い”を。
不安が顔に出てしまったかもしれない。
青鷹さんは上掛けを引き上げてくれながら、続きを言った。
「『俺は、』優月が好きだ。優月がどんな姿でも、どんなことをしても」
(――……っ……)
上掛けの胸元をぽんと、軽く叩いて。
青鷹さんはその場に立ち上がった。
「早く熱下げろよ。……会談が、始まってしまう」
それを言った青鷹さんの顔は見ていない。
見られなかった。
でも僕の胸中なんて、青鷹さんには見通されていたと思う。
龍の、嗅覚の前には、何もかも。
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