龍のシカバネ、それに月
2
(青鷹さん)
名前を思うと心が痛い。
一番一番繋がりを持っていたかった人を、一番一番大事にしてくれた人を、僕は……。
繋いでいたきつねさんの手がするりと離れた。
小さな両手を合わせ、術を放つ。
その瞬間、風さえも止まってしまったような感覚が生まれた。
「早う行きなされ」
きつねさんが開けた木戸がきいと鳴く。
「……貴方は、誰ですか? どうして僕を助けてくれたんですか? 貴方はもしかして、匣宮の?」
振り返ると、向こうも振り返ってこっちを見ているところだった。
面の向こうの目が、僕を見ていたかどうかまではわからなかったけれど。
「また会おうことになろう。達者でいなされ。心を寄せる者を大事になさってな」
はい、と返して庭の砂利を踏みながら『心を寄せる者』は青鷹さんだと思って……胸が、焼けたように熱くなった。
熱は鼻の奥を痛ませて、次から次へと涙がこぼれて落ちて行った。
30分しかないのだ。
急がなければ。
破れたシャツもズボンも、脱いだものは全部ゴミ袋に入れた。
タオルにソープを泡立てて、肌が赤くなってもまだこすり続けた。
僕は、体を繋いだ。
青鷹さんじゃない人と。
蒼河さんはずっと僕に優しくしてくれていた。
僕を自分の匣にと、幾度となく僕に言ってくれていた。
でも蒼河さんは僕を、佐藤優月を好きなわけじゃないし、僕も蒼河さんを特別に思っていたわけじゃない。
泡のついた指が、傷ついた脚の付け根に触れると、白い泡は赤に滲んだ。
「――っ」
鈍い痛みが下腹に沈んでいる。
白濁が腿を伝い落ちるのを見ながら体が震えた。
―― 優月の体が『匣姫の体』にできていたら良かったのに。そうすれば、優月が俺の子を孕めば、『匣姫を手に入れ』て『匣姫を壊せた』……。
(『匣姫の体』)
考えたくない。
桶に入れたお湯を頭からかぶると、泡も血も、全部排水口へと吸い込まれていく。
湯に浸かると痛みそうで、そのまま湯殿を出た。
「! 浩子さま……!」
脱衣場に、浩子さまがいた。
ちょうど、着替えの浴衣を籠に入れているところだった。
傍らに、女性の生理用品がある。
「どうして……そんなものを用意して……」
「あるお方から命じられましたゆえ。ご安心を。誰にも口外するつもりはございません」
言うだけ言うと、浩子さまは脱衣場を出て行った。
浩子さまが口数の少ない方で良かったと思う。
慰められでもしたら、何を口走っていたか、自分でわからない。
その浩子さまは終始いつも通りで、食べ終わった粥の器を引き取ると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
(“あるお方”って、もしかしてきつねさんだろうか)
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