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龍のシカバネ、それに月
1


 熱が出た。

「ん…う…」

 ゆすぶられ、穿たれる体。
 蒼河さんの下から逃れることができなくて。

――やめて、もう。お願い。
――このまま、優月も楽になりなよ……。

 痛くて、熱くて。
 動かなくなった蒼河さんの背中に小刀が突き立っていた。

 繰り返し繰り返し流れては消える。
 消えてはまた現れる。
 蒼河さんの背中から落ちた自分の手……血にまみれた。

(体が、裂ける……!)

 嫌、助けて。
 青鷹さん。

「はる……」






「優月さま!」

 譫言に応えて手を握ってくれていたのは、静さんだった。

「――ひっ!」

 反射的に、その手を振り払ってしまった。
 驚く静さんの顔。その後ろに、心配そうな顔で様子を窺っている浩子さまが見えた。

「し、静さん……ごめんなさい、ちょっとびっくりして…… 」

 驚いた顔が一変して、泣き出しそうな、それでいて怒ったような顔になる。

「どうして匣宮に行くなら行くと、ひとこと言って下さらなかったんですか! 言って下さればどこにでも従いて行きましたものを!」

 泣きそうになりながら強い語調で言う静さんに「ごめんなさい」と返した。
 静さんがそうしてくれるだろうってわかっていたから、言わずに行ったことも、心の中で謝った。

「考えごとを…… したかったんです」

「わざわざ、日の落ちるころに、あんな寒いところで考えなくても良いでしょう。だから風邪なんて引いたんですよ」

 まったく! と怒る静さんが、僕の膝の上に粥を入れた器を置いた小ぶりの盆を乗せた。
 差し出される蓮華を受け取って、勧められるがまま、温かい粥を口にする。
 おいしい。

(風邪……をひいたことになっているのか)

 咀嚼しながら、小さなきつねさんと東龍屋敷の前まで帰ってきた夜のことを思い出した。



 出た時と同じ小さな門扉の前できつねさんは立ち止まり、また僕を見上げた。

「よろしいか、匣姫。今この時より30分ほど時を止める」

「時を止める?」

 そんなことができるのかと問うと、反対に、そんなことしかできぬと返ってきた。

「いえ、すごいことだと思います。今まで色んな龍の力を見て来ましたが、時間を止めるというのは、まだ――」

 匣姫、と落ち着いた声が僕の台詞を途中で止めた。

「貴方はどうも他人の気持ちの波というのを考えすぎる。わしがわしの能力についてどう考えていようと、 どうでもよろしい。大事なことは、今から30分しか時間がないということじゃ」

「? はい……」

「貴方は30分の間に屋敷へ戻り、風呂で体を清め、できれば布団にもぐり込んでおくぐらいのことまでなされませ。いつの間にか帰ってきていたような顔をしてな。家の者には気づかれぬほうがよろしかろう?」

「はい……」

 そういうことか。
 気づかれないほうが。


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