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龍のシカバネ、それに月
5

「どうにもならないって、どういうことですか?」

 海路さんは空になったグラスをシンクに置いて振り返った。
 眼鏡の向こう側の目が、うっすらと笑む。

「何も知らないんだな。青鷹がゆっくり大事に育ててる途中ってわけか」

 俺には関係ないが、と続く。

 関係ない?
 関係、なくはない。
 海路さんが久賀さんの兄弟なんだとしたら、この人だって、龍の一族なんじゃないのか?

「教えて下さい、海路さん。貴方が知ってることを僕にっ……」

 シンクにもたれている海路さんに一歩踏み出したところで、久賀さんそっくりな長い腕が僕の肩を捕らえた。
 眼鏡を外して、僕の首筋に鼻先を寄せた。
 微かに吐息に含まれた熱が肌に触れる。

「っ……」

「あんまり匂わないな」と言われて、ぎくりと体が強ばった。
 海路さんも龍の一族。
 僕は彼らにとっては贄。

(食べっ……られるっ……!?……)

「このまま手に入れたら、トウリュウにもなれるってわけか……」

「なに……」

 自嘲めいた独白はほんの一瞬だった。

「優月に触れないで下さい、兄さん」

 台所の戸口に、久賀さんが諌めるような顔をして立っていた。
 いつの間に来たのか、気配がなかった。
 それに。

「久賀さんっ……ど、どうしたんですか、あちこち怪我して」

 海路さんが弛めた腕から逃れて、久賀さんの破れたシャツの腕に手を添える。
 切り傷のような裂傷が、あちこちにシミを作っていた。

「西か? それとも南? まさか蒼河相手にそうまではなるまい?」

 背後に立つ海路さんから問われて、久賀さんは「南です」と短く返した。
 振り返ると、煙草をくわえた海路さんと目が合った。

「早々に連れてったほうが良いだろうな。井葉の家ならうちより隠せる」

 だが、と目が僕から離れて久賀さんに移る。
 口元から薄く吐き出された紫煙が、ゆるやかに立ち上っていく。

「おまえはそれで良いのか? 青鷹」

 合っていたはずの視線をちらとはずして、久賀さんは小さく息を吐いた。

「何度目ですか、その話。無論、これで良い。論じるまでもない」

 呆れるほどの忠誠心だな、と言葉とは裏腹に、海路さんは久賀さんに冷たい目を向けた。

「おまえは爪が抜け落ちてるんじゃないか? 蒼河ですら、ハコを狙ってきているそうじゃないか。
 青鷹、おまえは欲しくないのか? 長い時間をかけて探しだし、説得して連れてきて。熨斗つけて献上たてまつるだけか。俺なら我慢できないね」

「兄さん。俺は、無駄な論議は趣味じゃありません」

 久賀さんは僕の手を引いて、行こう、と踵を返した。

「もっとも。俺には決められるだけの力はないがな」

 背中から追いかけてくる声に、久賀さんは一瞬だけ足を止めて、また進み出した。


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