龍のシカバネ、それに月
4
食器棚からグラスを一つ出して、今度は冷蔵庫に向かっていると、すぐ横の窓がびかっと光った。
(なに? カミナリ……?)
窓ガラスに指をつけて、濃い藍色の空を見上げると、月光の下、細長く引いた光が幾つも見えた。
まるでもつれた糸が、ふわふわと水中を漂っているかのような。
(何だろう)
田舎の綺麗な夜空にだけ現れる、自然現象か何かだろうか。
そんなことを考えていると背後から声がかかって、誰もいないと思っていたから、飛び上がるほど驚いた。
「誰だ。そこにいるのは」
振り返って一瞬、声の主は久賀さんだと思ったほど、背格好も声も似ていた。
よく見ると、姿形は似ていても、表情がまるで別人だった。
どう接して良いかわからない中にも優しさが見える久賀さんとは違って、この人が僕を見る目は完全に見知らぬ人間を警戒する目だ。
「佐藤優月といいます。今日からこちらでお世話になっています」
初めまして、とつけ加えて頭を下げると、久賀さんによく似た彼は眼鏡を押し上げて僕をじっと見た。
窓が光って、また視線をやってしまうのを慌てて彼へ引き戻した。
「あれが視えるのか。やはりおまえはハコミヤの人間なんだな。青鷹に連れて来られたのか? 今日?」
言いながら、グラスを取り、冷蔵庫から水のボトルを取り出して注いだ。
僕の手にあるグラスにも注いでくれる。
「はい。今日来ました。あの、お水、ありがとうございます」
「俺は久賀海路(かいじ)。青鷹の兄だ」
「お兄さん……」
通りでよく似ていると思いながら、海路さんをじっと見た。
目が合う。
「いつまでうちにいる? 井葉の家に行くのか? それともハコミヤに帰るのか?」
久賀さんは明日、井葉の家に連れていくと言っていた。
そう答えようとして、でも何かが引っかかって。
「あの、僕がハコミヤに『帰る』というのは?」
「おまえの父親の実家はハコミヤだろう」
知らない。
母さんからも、久賀さんからも聞かされていない。
(ハコミヤが、勘当された父さんの家……)
だから僕に会う人はみんな、僕のことを『ハコミヤ ユヅキ』と呼んだのか。
だったらどうして久賀さんは、朝陽と僕をハコミヤに連れて行かずに、久賀家に連れてきたんだろう。
明日の行き先を告げられた時も、山瀬さんが言った言葉を久賀さんは止めた。
――青鷹さま。井葉家が先でよろしいのですか? それでは他が
(『他』……他には『ハコミヤ』と言いたかったんだろうか)
それを久賀さんはどうして止めたんだろう。
井葉家に連れていくのを急いでいるように思うのは、考えすぎなんだろうか。
「どのみち、今のハコミヤに行ったところでどうにもならんがな……」
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