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龍のシカバネ、それに月
7

 紅騎さんの不愉快を前に、朝陽はまったくひるまない。

「俺ら、今忙しいんだよね。どのみち蒼河の処遇に意見挟んだりできないんなら、優月がここにいなきゃならない理由もないだろ?」

「朝陽。でも、蒼河さんは僕のせいで。ちゃんと、本人に会って話をしないと……」

 朝陽は紅騎さんから僕に視線を移して、僕の手を取って歩き始めた。

「朝陽っ……」

 兄で後継である紅騎さんを無視したりして、南龍内で、朝陽の立場が悪くなるんじゃないか。
 とっさに浮かんだのはその心配だった。

「あのな、優月。何かを聞いて、どう思い、どう動くかは相手の判断なんだよ。しゃべった人間にそこまでの責任もどうにかできる力もないだろ。相手の感情をどうにかできると思うことは、むしろ傲慢ですらある」

「でも、」

「じゃあ反対に、聞いた蒼河が哀れな先の匣姫のために匣宮再建でも始めたら、それはしゃべった優月の功績なのかよ?」

「それは……違うけど……」

「功績がしゃべった人間にないなら、罪もしゃべった人間にない。あったとしても、蒼河をどうにもしてやれない。できると思うことをやるのが優先だろ」

 そう言いながら、二枚の木の板が×の形に打ちつけられた木戸の前に立った。
 中心に、筆で何か書いた札のようなものが貼られている。
 その部屋は明らかに異質だった。
 南龍の誰かが通りゆく姿もない、しんとした場所。
 離れでもないのに不気味ですらあった。

(ここが……母さんの部屋?)

 どうして封じられたりして……。
 匣姫をさらった娘……だから?
 そう考えると、胸が痛くなる。

 朝陽は札に向かって、手のひらをかざした。

「朝陽、ここが?」

「母さんが出て行くまで住んでた部屋だよ」

『母さん』。
 朝陽が自然に口にするその言葉に、鼻の奥がつんと痛む。
 朝陽の母親は茜さまだとわかっているのに。
 変わらず、保村桜子を『母さん』と呼ぶことが嬉しくて。

「母さんは父さん――匣姫を連れて出たとして断罪された。南龍の恥だとも。匣姫の行方を探そうと、南龍でも散々調べた後で封じられたんだろうけど、……何か残ってるかもしれないだろ。家族にしかわからないものが、何かさ」

「『家族にしかわからないもの』……」

 朝陽の手のひらから光が放たれる。
 封を解く鍵は、南の色名の力なのだろう。

「日記とかあればベストだろうけど、そういうのは望めないだろうな。母さんは雑なほうだったし。
 ほら。小学校ん時、鞄、縫ってくれたけどさ。中にもの入れたら、鞄の手が取れたりさ。あったろ」

 半分笑いながら、朝陽はそんなことを言った。
 僕も笑ってしまった。確かにそんなことがあった。
 落ちたノートやペンケースを広い集めた大きな手が一―

(――『大きな手が』?)


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あきゅろす。
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