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龍のシカバネ、それに月
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 最後まで言う前に、顔面にシャツを投げつけられた。広げるとそれは僕の服だった。

「もう一回パジャマ着ようとすんなら、こっち着て。出かけるから」

「? 出かける? どこに? 遅くなるようなら行く前に、青鷹さんに一言……」

「馬鹿。何か気に入らねーことがあったにしろ、優月閉じこめて翌日の夕方まで放置してるヤツに言ってやることなんかないね!」

「それは、僕が……悪かったから……」

 着替え終わってベッドから降りた僕に、朝陽はスポーツバッグを寄越してきた。

「それ、優月の着替え。今から、父さんと母さんが辿った道を行きますんで」

「父さんと母さんの……月哉と桜子の?」

 他に誰がいんだよ、と言い捨てる朝陽を前に、心にじわりと暖かなものが広がった。
『他に誰がいるのか』本当にその通りで。
 でも口に出せないでいたから。

「朝陽……ありがとう」

 前回の頭領会談に、朝陽はいなかった。
 自ら参加しなかったのか、同席を許されなかったのかはわからないけど。
 会談の内容と事情を知ってくれていることが嬉しかった。

「山瀬さんにはちゃんと言っておいたから、久賀にもそのうち伝わるだろ。行こう」

「…………」

 行こう、と言ってくれる朝陽の気持ちはすごく嬉しかった。でも。
 踵を返しかけた朝陽が、僕の反応に気づいて振り返った。

「……久賀のこと気にしてんの?」

「ううん、そうじゃなくて……」

 手に渡されたバッグに目が行く。
 着替えが入ったバッグ。
 父さんと母さんが行った道を追うのは、一日じゃ無理だってことだけど。

「まだ、容体の安定してない朋哉さんを、放ってはいけない。僕に朋哉さんを助けられるってわけじゃないけど、せめて……力になりたいんだ。そばにいたい」

 朝陽はちょっと驚いたような顔をしてから、バッグを床に置いて、そばにあった椅子に腰を下ろした。
 そっか、と呟くように言ってから、真摯な顔つきで僕を見返してくる。

「先の匣姫って、優月の叔父に当たるんだっけ。今となっては唯一の肉親なんだもんな」

 小さく頷くと「わかった」と返してくれた。

「じゃあ、南龍屋敷に行こう。そこなら良いだろ? 先の匣姫から遠く離れるわけじゃない」

「うん。……でも、どうして南龍屋敷?」

 桜子の部屋、と聞こえた。
 胸が、痛む。
 母さんの、部屋?

「保村桜子が、ここを出るまで使っていた部屋があるんだ。行ってみないか?」

 頷く。
 もちろん、行ってみたい。
 母さんの記憶の欠片が落ちているなら、拾ってつなぎ合わせてみたい。

「決まり、な」

 言いながら僕の手を引いて、ドアを開く。
 2人の足音が響く。
 久賀の家は広い家なのに、いつも人がいない。







 南龍屋敷の本宅に足を入れたのは、朋哉さんが山茶花の部屋を出て以来だ。
 朝陽が一緒だと、皆頭を下げて通してくれる。
 ずらりと並んで頭を下げる南龍たちは、東龍より数も多く、動きもそろっていて統制されている。

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あきゅろす。
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