龍のシカバネ、それに月
1
――大好きだった。
大事にしてもらったわ、わたしたち。
――優月、朝陽。2人とも大好きよ。元気に、大きくなってね。
母さんが、保村桜子が、色名龍であった姿を僕は知らない。
母さんは僕にとって、普通の、どこにでもいる母親だった。
保村桜子――南龍の色名龍……。
朝陽、僕が守ろうと必死になっていた生意気な弟は、保村朝緋、母さんと同じ南の色名龍で、僕の護衛だった。
匣宮月哉――匣姫。
(貴方は誰と、僕を……)
僕が家族と信じていた場所は、いったい何だったんだろう?
そう言うと、青鷹さんは僕を僕の部屋から連れ出した。
青鷹さんの部屋の大きなベッドに、そっと下ろされ、覆い被さってきた青鷹さんの舌が、僕の目尻をそっと撫でた。
「幾らでも泣いて良い。全部、受け止めてやるから」
「はる、たかさん……」
目尻からこめかみ、耳元。柔らかな舌に撫でられると、背筋がぞくりと粟立った。
青鷹さんの肩に両腕を回して、じわじわと広がってくる快感をこらえながら、やっぱり涙があふれてくるのを止められなかった。
「母さんっ……かあさ…っ……」
――優月、漢字テスト頑張ったわね。
――今日ハンバーグにしようか。手伝ってくれる?……
母さんのことで泣くのは2度目になるんだろうか。
あんなに愛情深く僕を育ててくれた母さんが、僕の母親じゃなかった。
(僕の知っていたあの家族は、実は皆、ばらばらで。それぞれ使命を担っていた)
――匣宮月哉とその子、優月を守る。
月哉が亡くなった後は、僕を守ることだけを、母さんと朝陽は考えて生きてきた。
僕だけが何も知らず、幸せに……。
「幸せだと思うことに罪悪感なんか抱いてはいけない」
「だって……ひっ、僕だけ…ひっく…」
青鷹さんがこめかみから指を入れて髪を梳いてくれる。
さらさらと指の隙間から落ちていく音が心地良い。
「彼らは優月の幸せを願った。優月が幸せを感じていたことが嬉しかった。それなのに、罪悪感なんかで、彼らの幸せを汚すのか?」
深く、低く、落ちついた声色。
どうして青鷹さんはこんなに優しくしてくれるんだろう。胸元のシャツを引いて、かろうじて触れた唇を合わせる。
途中で気づいてくれた青鷹さんが、僕をベッドに押し戻して、ぐいと唇を重ねてきた。
強い力で合わさった口元は熱を帯びて。
「ふっく、は、…もう…んむ…」
空気を求めて開いた唇から入りこんだ舌が、柔らかな口腔を撫でて回る。
「優月……甘い」
「ん、ふっ…もう、や……」
匂いが解放されてしまう。
自分の欲望のまま、青鷹さんを煽って、誘ってしまう。
「んんっ……や、だめ…」
「良い匂いだ。その調子で、もっと誘え」
「青鷹さんっ……い、いじめないで下さいっ……」
そのまま泣いてれば良いのに、と恐ろしいことを言ったあと、青鷹さんは僕の背後にぽすんと横になった。
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