龍のシカバネ、それに月
6
(胸が痛い。……頭が重い)
跳ぶ前の症状に似ている。
波真蒼治が出て行った後、俺は周りを窺いながら外へ出た。
夕暮れの匣宮は美しい朱色に染まっている。
舞姫の衣装の裾を汚さないように引き上げながら、庭に出る。
涼しい風の吹く中、龍たちが集まる気配が流れてきた。
(匣姫配置の儀なんて、一生に一度あるかないかだもんなぁ)
一目見ようと集まる気持ちはわかる気がする。
俺も龍だったら良かったのに。
そしたら祭気分で、スルメでも噛みながら、人ごみの中、背伸びして豆粒みたいな匣姫を眺めてやるのに。
あー俺も色名龍だったらなー、あんなかみさん抱きてーとかオッサンくさいこと、言ったりしてさ。
気楽にさ。
「朋哉……」
木陰に、碧生がいた。
波真蒼治と同じ、緑色の狩衣を着て。
こんな格好をしたら、後継にも見劣りしない。
(碧生、すごい。かっこいい……)
目が合うと、いつもの笑みを浮かべてくれた。
「綺麗だな」
「……ありがとう」
頭を撫でてくれようとしたのか、手がのびて、……引いた。
俺の頭には匣姫の冠が載っていたから。
ふいに、風がふいた。
木々がざわめく。
笑っていない碧生が、俺を見ている。
何だよ、その切なげな顔は。
やめろよ。
そんな顔して俺のこと見んな。
「朋哉、俺は――」
「――碧生。僕は、東に配されることが決まったよ。君のものになれるわけじゃないけど……。それでも碧生の近くにいられるなら、それで僕は嬉しいよ」
僕、とか。
君、とか。
普段使わない言葉が飛び出してきて。
その後、びっくりしているみたいな碧生に向かって、俺は何のフォローも浮かばなくて。
「……そっか」
そのまま、何も言うな。
言わないでくれ。
俺にはこれしか道がないんだ。
自分で死ぬような勇気も、好きなように生きる勇気も何もないんだ。
俺には、もう何もない。
「匣姫さまー、どこにおいでですかー?」
使用人の女が俺を探している声が聞こえる。
「行かなきゃ……」
「朋哉!」
背中を向けた一瞬、腕を取られた。
体を返されて、抱きしめられる。
「碧生……?」
碧生の胸元から、焚きしめた香の匂いがする。
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