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龍のシカバネ、それに月
5
 小さく、遠くなった碧生の背中が見えた。

「碧――」

 呼んで、どうする?

 同じ東龍屋敷に配置が決まった。
 これからはちょくちょく会えるな♪ とでも?

「っ…ふ、く…っ…」

 涙が流れていた。
 信じられないくらいの勢いで溢れて、顎をしたたり落ちていく。
 そうか、それで息が上がってたのか。

 俺は、東龍後継のものになる。
 覆せない、運命とでも。
 いくら俺が碧生と一緒にいたいと思ってても、そんなの龍たちには関係ない。

(もう、あの大きな手で撫でてもらえない……)

――おかえり、朋哉。

 柔らかな笑み。
 いつでも碧生が待っててくれたから、跳んだって帰ってこられた。
 2つ月を知っていても、俺を受け入れてくれたたった1人の大事な人。
 もう、2人きりでなんて会えない。

「碧生……っ……碧…っ…」

 好きだなんてものじゃなかった。
 唯一俺が俺でいることを許してくれる人だった。
 碧生を失ったら、俺は匣宮朋哉として生きていけない。

 兄上。
 今なら、貴方の気持ちがわかる。
 何もかもかなぐり捨ててでも欲しいと思うものはこの世に確実に存在する。
 それを追うという選択肢も、存在する。
 でも俺は、そんな大事なものなのに選び取ることができない。

(月……)

 黒い雲が風に流されて、顔を出した月。
 俺は、月の名を継ぐ者。
 月の名を継ぐ、匣宮の歯車の1つ。

「は…はは…」

 笑いがこみあげる。
 生きていく選択肢が、これしかない。
 歯車として、錆びて崩れるまで回り続けること。
 2つ月であることをバレないように、息を殺して、そうっと……。

 俺はふらりと踵を返した。








 儀が始まる前、波真蒼治が俺に会いに来た。
 東龍の色、緑の狩衣がよく似合う、30すぎの美丈夫だった。
 真摯な眼差しでひざをついて、俺の白く塗られた手の甲に口づけをくれる。

「貴方さまをこの手で、一生お守り致します」

 良い奴だ。

「よろしく、頼みます……」

 俺は赤く塗った唇を動かして、匣姫らしく、微笑を浮かべた。
 それだけで波真蒼治は頬を染めた。

 良い奴だ。
 良い龍だ。
 良い後継でもあるのだろう。
 そして良い頭領になるのだろう。

 匣宮に敬意を払い、匣姫に心酔しているのが見てわかる。
 でも碧生とは違う。
 碧生じゃないところが嫌だ。
 この男の前では一生、俺は“匣姫”でいなければならないのだ。

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あきゅろす。
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