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龍のシカバネ、それに月
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 羨ましく思うのだろうか。
 匣姫として完全体で生まれ、選ばれ、育てられておきながら、いざ配置となったところで好きな女と逃げた月哉を。

 俺は、自分を顧みて兄と比べて劣っていることを、情けなく思っているんだろうか。
 それを切ないと?
 ……馬鹿馬鹿しい……。

「嫁(い)きましょう。どこでも構わない。望まれてるうちが華なんだろうしな」

「そうヤケクソにならずとも。匣姫は顔の造形だけはやたらに整っているのだし。舞姫の衣装もさぞかし似合うことだろうて」

『だけ』って言うな、ばばあ。
 いちいち腹立つな。

 眉間にできた縦皺を指の腹でのばしていると、障子の影から使用人の女がひざをついて顔を出した。

「お話中申し訳ございません。匣姫さまにご来客がございます」

「もー忙しいのに。こんな時間に、誰?」

「東の、井葉碧生さまです」

「――……」

 目の前にいるばばあがちらと俺を見てから、立ち上がった。
 と言っても子供みたいに小さいばばあは立ち上がっても、大して目線も上がらないんだけど。

「わしは先に休む。おやすみ、匣姫」

「ああ……おやすみ」

 いつもだったら「朝になって冷たくなってんなよ」とか憎まれ口をつけ加えてやるところだけど。
 今はどうしてか、頭が回らない。
 出て行くばばあの小さい背中を見送っていると、女も同じようにばばあを見送り、俺に視線を戻した。

「――匣姫さま? 今、玄関にお待ちいただいてますが。どうなさいますか?」

「あ、うん……」

 そうだ、碧生だ。
 会いにきた?
 こんな夜更けに、どうして?

(もしかして、聞いたのか? 配置のこと……)

 ぎゅっと胸が締まるような気がした。
 どうして。
 痛い。

「『もう、休んだ』って、そう言ってくれる……?」

 承知致しました、と彼女はするりと立ち上がり、廊下を去って行った。

(碧生……何を言いに来たんだ?)

 自分で布団を敷きながら、そんなことを思う。
 配置のことを聞いた?
 どう思った?
 何を言いに来た?

(バカか。知りたいなら会えば良かったじゃないか)

 だけど、胸が痛む。
 鼓動が激しくて、痛い。

 縁側から雪駄に足を差し入れて、庭を横切った。
 真っ暗な庭に、鹿威しの音が微かに響く。
 時折吹いてくる夜風が、吊し灯籠の細工を揺らして、儚い音で鳴かせていく。

「はぁ、はぁ……」

 走ったわけでもないのに、息が上がっていた。
 門扉に手をついて、東龍屋敷へ続く道を覗きこむ。

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