龍のシカバネ、それに月
4
羨ましく思うのだろうか。
匣姫として完全体で生まれ、選ばれ、育てられておきながら、いざ配置となったところで好きな女と逃げた月哉を。
俺は、自分を顧みて兄と比べて劣っていることを、情けなく思っているんだろうか。
それを切ないと?
……馬鹿馬鹿しい……。
「嫁(い)きましょう。どこでも構わない。望まれてるうちが華なんだろうしな」
「そうヤケクソにならずとも。匣姫は顔の造形だけはやたらに整っているのだし。舞姫の衣装もさぞかし似合うことだろうて」
『だけ』って言うな、ばばあ。
いちいち腹立つな。
眉間にできた縦皺を指の腹でのばしていると、障子の影から使用人の女がひざをついて顔を出した。
「お話中申し訳ございません。匣姫さまにご来客がございます」
「もー忙しいのに。こんな時間に、誰?」
「東の、井葉碧生さまです」
「――……」
目の前にいるばばあがちらと俺を見てから、立ち上がった。
と言っても子供みたいに小さいばばあは立ち上がっても、大して目線も上がらないんだけど。
「わしは先に休む。おやすみ、匣姫」
「ああ……おやすみ」
いつもだったら「朝になって冷たくなってんなよ」とか憎まれ口をつけ加えてやるところだけど。
今はどうしてか、頭が回らない。
出て行くばばあの小さい背中を見送っていると、女も同じようにばばあを見送り、俺に視線を戻した。
「――匣姫さま? 今、玄関にお待ちいただいてますが。どうなさいますか?」
「あ、うん……」
そうだ、碧生だ。
会いにきた?
こんな夜更けに、どうして?
(もしかして、聞いたのか? 配置のこと……)
ぎゅっと胸が締まるような気がした。
どうして。
痛い。
「『もう、休んだ』って、そう言ってくれる……?」
承知致しました、と彼女はするりと立ち上がり、廊下を去って行った。
(碧生……何を言いに来たんだ?)
自分で布団を敷きながら、そんなことを思う。
配置のことを聞いた?
どう思った?
何を言いに来た?
(バカか。知りたいなら会えば良かったじゃないか)
だけど、胸が痛む。
鼓動が激しくて、痛い。
縁側から雪駄に足を差し入れて、庭を横切った。
真っ暗な庭に、鹿威しの音が微かに響く。
時折吹いてくる夜風が、吊し灯籠の細工を揺らして、儚い音で鳴かせていく。
「はぁ、はぁ……」
走ったわけでもないのに、息が上がっていた。
門扉に手をついて、東龍屋敷へ続く道を覗きこむ。
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