龍のシカバネ、それに月
3
「御年、いくつになりなさる?」
「18だ」
まだ8年しか勤めておられんじゃないか、としわしわの口がわしゃわしゃ笑う。
違う。
そこは『まだ8年』じゃなくて『もう8年』と言うべきだ。
ばばあにとったら8年なんて、光陰矢の如しとでも!?
「先の匣姫は……兄上はまだ見つからないの!? もっと草の根分けて探しなよ!」
「見つからんもんでのぅ」
即答で返ってくる残念なお知らせに、ホントにか!? と疑いの眼差しを向ける。
「匣姫。配置先の波真蒼治は良い男じゃぞ? わしがあと50年ほど若けりゃ♪」
「ばばあに半世紀バックなんて、焼石に水だろが!? どうでもいい、そんなこと! そんな見も知らん男んとこにいきなり嫁になんかなれるか!」
「東龍には藍架の息子もおったじゃろ。プレーリードッグみたいなほや〜っとした雰囲気の……名前、何だったか……」
「まさか、碧生のこと? プレーリードッグ……あっは、似てる!……じゃなくて!
碧生がいようがいまいが関係ない! 約束が違う!」
東に連れがおったら寂しくもなかろう、と子供を諭すような口調でどうでもいいことを言う。
友達がいるから安心して嫁に行くとか、全然辻褄合ってないだろうが。
「波真蒼治はお買い得じゃぞ? まず嫁がおって、子もなしとる。その子が生まれながらに色名龍じゃ。
匣姫が何もせずとも家庭ができておる。匣姫はただ行かれるだけで良い」
……妻子がいる円満な家庭に、俺がのこのこ嫁ぐ意味って何なのよ?
(どう考えても俺の立ち位置って、愛人ひらひらだろうが……!)
しかも別に好きでもない男に嫁ぐって、誰にとってもメリットないじゃないか。
いや、波真蒼治にはあるのか?
龍の中でも色名のついた龍は、特に匣姫に執心する傾向がある。
好きな男なら嫁ぐのか、って問題でもないけど。
(好きな……男)
そんなのいない。
好きな女ならともかく、男なんて。
息が洩れた。
大きな、心の底から全部を吐き出すような。
……どうせ、こんなものだ。
生まれた時から壊れていた俺の運命なぞ。
ここまで生きてこれたのすら、幸運だったのだ。
どうせ壊れた匣姫なら、望まれているうちに与えられれば済むだけのこと。
託占ならば、その決定が覆ることもない。
(それなのに、運命を投げ捨てた人もいたっけ)
兄上、貴方は今どうしてる?
決まった配置先を捨てて、好きな女とここから逃げて。
今頃、ささやかな幸せだなんて言いながら、食卓を囲んで笑っているだろうか。
その行方を探し、追手が何度も差し向けられたと聞いたことがある。
反対に、戦々恐々と息を殺して生きている?
貴方は今、何を考え、何をして生きている?
貴方は今、幸せか……?
兄 月哉のことを考えると、しくしくと胸が痛む。
理由はわからない。
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