龍のシカバネ、それに月
2
ふと目が合う。
というか、いつも笑ってるから気づかないけど、碧生はしょっちゅう俺を見ている。
それを知っているってことは、俺も碧生をしょっちゅう見てるってことになるんだろうけど、それは置いておいて。
多分、碧生のほうは、匣姫という立場上、たまにしか学校に行けない上、特異体質な幼なじみに何かあっちゃいけないっていう使命感みたいなものがあるんだろう。
目を合わせたまま、また微笑する。
「おかえり、朋哉」
微笑……しているから、いつも見られていても、それが嫌じゃない。
むしろ……
うん、とだけ言って、またそっと炭酸を飲む。
碧生といると、ほっとする。
こいつの前では2つ月であろうが匣姫であろうが、関係ない。
誰に体を操られてようと、必ず帰るのを待っていてくれる。
笑って、待っていてくれる。
――おかえり、朋哉。
「…………」
井葉碧生にとってのみ俺は、匣宮朋哉にしかなりえないのだ。
「匣姫。そなたの『配置』が決まった」
何世紀生きているのかいつか聞いてみたいと思う容姿のばばあが、夜更けにふらりと部屋にやってきて、夕餉の話をするみたいな口調でそう言った。
俺が脳に話の内容を理解させるまでの間に、ヒトの干物みたいなばばあはちょこんと隣に座った。
「『配置』……? ばばあ、正気か? 俺は2つ月なんだぞ?」
「正気も正気。まだボケとらん」
「ホントか? たいていの人はそう言うんだよ。自分で気づいてねえだけなんじゃないの……痛っ!」
小さな衝撃波を放ってくるばばあは本人の申告通り健在だ。
そんなことを頭の片隅で思いながら、俺は内心慌てていた。
慌てまくっていた。
(配置だと!? 何バカなこと言ってんだ!?)
匣姫の配置。
要するに配置先の龍に嫁する、ということだ。
配置先の龍に力を与え、龍と匣宮の存続を守っていく。
死ぬまで。
「匣姫の配置先は――」
「ストップ! 約束が違う!」
ばばあはポカンと口を開けて、「約束とは?」と今ごろボケたふりをしやがる。
ふざけんな。
ギッチリガッチリ脳味噌裏返して思い出させてやる!
「俺が10の年に、てめえが言ったんだろ! 『2つ月の匣姫が匣姫でいられる期間なぞ、少しの間。しょせん先の匣姫の代役。だから引き受けろ』って! “少しの間”が何年経ってると思ってんだ!? 更に『配置』!? 俺にあと何年匣姫やらせる気なんだよ!? 匣宮出たら一発でバレるぞ!」
「『2つ月の出来損ない匣姫』……言ったような」
出来損ないとまでは言われてねえよ、酷いこと言いやがるな、クソばばあ。
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