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龍のシカバネ、それに月
1
 生まれた時から壊れていた、とはどういう意味だろうか。

 ばばあが言った言葉が、時折頭をかすめる。
 普段は覚えていないのだが、何かの折にふと顔を出すのだ。
 あまりにも長い間、思い出したり忘れたりを繰り返してきてしまったから、言われたことが現実だったのか妄想だったのかすら覚えていない。

 ばばあ本人に聞いても、当人も覚えてはいないだろう。
 それぐらいどうでもいい話で、俺自身どうでもいい存在だった。

「……って言ったんだよ」

 と言った後、あはは、と軽快に笑う碧生の声で我に返った。

 制服姿のまま川の岸辺に座って、手に炭酸のペットボトルを持っている。
 ふと見ると自分も同じ制服姿で、開封してもいない同じペットボトルを握っていた。
 何のリアクションも返さない俺に、ふわふわと風に前髪を流して、碧生はいつもと同じに柔らかく笑んだ。

「また、“跳んで”た?」

「……今日、何日?」

 まだ自由に動かない俺の体を見て、碧生は頭を軽く撫でてきた。

 同い年のくせに、大きくて暖かい手が、俺を安心させてくれる。
 そうしながら、今日の日付を教えてくれた。

(……何日間、跳んだことになるんだっけ……)

 碧生の手のひらの暖かさを感じた瞬間、ほっと息が吐けた。
 初めて空気が通ったみたいに喉がひりひりして。
 手に持っていたペットボトルの蓋を開けて、飲んだ。
 炭酸にむせた。

 碧生がハンドタオルを渡してくれるのを引ったくって、口元を拭う。

「大丈夫か?」

「炭酸、嫌だ」

「『朋哉が』飲みたいって言うから、買ったんだぞ?」

 って言われても困るよな、と笑う。

 困る。
 わかってんなら言うな、と思いながら、今度はそっと飲み下した。

「それ、『俺』じゃねえし……」

 そっちこそ幼なじみなら俺かどうかわかっても良さそうなもんだ、と思って。
 違う、と自分で気づく。

 碧生は“わかってる”。
 俺が“2つ月”なのを。
 時折、別の魂が俺の体に入り込んで俺の顔をして生きていることを。

 その間“俺”の記憶はないし、“そいつ”の記憶は共有できない。
“そいつ”が何をして何を言ったのか“俺”は覚えていないんじゃなくて“知らない”。
 しかも“そいつ”は1人じゃない。
 入れ替わり立ち替わり、俺の体を操ってはまた違う奴が来る。

 俺はただ時間をワープしたみたいに、突然違う空間で我に返る。
 それを『跳ぶ』と呼びはじめたのは碧生だ。

(こいつ、俺のこと気持ち悪くないのかな)

 瞬間瞬間で中身が違う。
 辟易しても当たり前だ。

 俺自身は生まれた時からこうだから、こう以外は知らないし、戸惑うことはあっても疲れることはない。
 でも、碧生は常に碧生でしかなり得ないんだから、俺みたいなのといて嫌にならないんだろうか。

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