龍のシカバネ、それに月
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「私が月哉さまの配置先であったことは認めますが、私は桜子どのが影時と一戦交えているところなぞ見ていない」
「嘘です。貴方ご自身も傷を負って帰って来られた。そして仰いました。『桜子どのに月哉さまを託してきた』と」
「見ていないことを口にするわけがないでしょう。貴女の妄想話に、いつまで匣姫さまにつきあわせるおつもりです?」
雪乃さまの台詞で、その場にいた者全員の目が、僕に集まった。
無論、会話を繰り広げていた雪乃さまと茜さまの2人も。
まるで両者の目に『どちらの言い分を信じるのか』と詰め寄られているようで。
「えっと……雪乃さまの他に見ていたという方は……?」
「おりません」
そこだけは2人同時に返してくる。
これじゃあ、まったく真実がわからない。
「藍架さま。最初に仰っていた、『北龍がなぜ匣宮月哉を狙うのか』というお話を聞かせていただけますか」
皆のやり取りを遠巻きに眺めるような顔をしていた藍架さまが、我に返ったように僕を見た。
後継の位置に立つ三人も、視線を藍架さまに移動させている。
(後継の皆は、20年前の話をどこまで知っているんだろう)
聞いてもはっきりとした答を返してはくれそうにないけど。
藍架さまは茶を一口すすった後の湯のみを、節の立った両手の中に包んだまま、どこか遠くを見るような目をして言った。
「あの時、20年も前の、月哉さまの儀の事前。託占の前の会議に、北だけ呼ばれなかった」
「託占の前の会議……?」
初めて聞く話に、肩に力が入った。
「託占の前の会議って何を話し合うんですか? 集まるのは頭領たち?」
少し前のめりになって、矢継ぎ早の質問を出す僕を、後ろから静さんが服の裾を引いてくれた。
「落ちついて」と言ってもらった気がした。
でも。
鼓動が激しくなる。
託占の前に頭領たちが集まって話し合うことって、もしかしたら。
「集まるのは匣宮と、四龍頭領。議題は『匣姫の配置先』だ」
「!」
藍架さまの落ちついた声色で綴られたセリフに、息を飲んだ。
心中で「もしかして」と浮かんでいた予想が当たっていた。
託占の前に、頭領たちと匣宮が、匣姫の行き先を決める。
それをあたかも啓示があったかのように『託占』の名をつけて公表する。
(託占なんて、存在しなかった、ってこと……?)
僕が押し黙ってしまったことが原因か、しんと静まり返った場に、青鷹さんの声が横から入ってきた。
「つまり『託占』とは名ばかりで、四頭領と匣宮の話し合いで、匣姫の配置先が決まっていたということですか?」
僕が思ったのと同じ疑問だ。
まるで代弁を引き受けてくれたようなタイミングに、思わずすがるように藍架さまを見返してしまった。
(だって。託占がなくて、話し合いだけで配置先が決まるなら、僕は青鷹さんの匣になれる可能性がある)
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