龍のシカバネ、それに月
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それは……知らない。
なぜだかわからないけど、妄執していることだけしか。
「色名龍が匣姫を望むから……ですか?」
おずおずと口にした答に、頭領たちは黙りこんだ。
朱李さまが何気なく「それもあろうな」と言ったのを、雪乃さまがじろっと睨みつけた。
「ただ、色名龍の本能だけで、匣姫をさらう龍もおりましょうな」
それは、母さんが父さんとここを出たことの当てこすりだ。
それを聞いた茜さまがまた何か言おうとするのを、紅騎さんが止める。
(灰爾さんと紅騎さんの2人だけを見ている限り、西と南の関係なんて考えることもなかったけど……)
これを見る限り、母さんが父さんとここを離れたことは、よっぽどの確執を生み出したようだ。
雪乃さまと茜さまの醸し出す険悪な空気に息を吐いてから、藍架さまが続けた。
「影時が月哉さまをさらったのは、朋哉さまの時で二度目だった。一度目は20年前。まだ月哉さまがご健在だったころ。正確には『さらった』ではなく『さらおうとした』……だな」
「実際に月哉さまを『さらった』のは、保村桜子どのでございましょう?」
扇子の音とともに怒気を含んだ声色で言い切った雪乃さまに、茜さまが「違います」と横槍を入れた。
「桜子は、月哉さまが影時に連れ去られそうになったところをお守りしたのです! あの子は南の色名龍として、真っ向から影時に対峙した……」
「“対峙した『はず』”とおつけになるべきですよ、茜どの。誰もその瞬間を見ていないのですからね。影時と桜子どのの2人以外は」
茜さまの口元で、奥歯を噛む、きり、という音が鳴るのがわかった。
茜さまは『母さんが、北龍にさらわれそうになった父さんを助けた』と言っていて。
雪乃さまは『父さんをさらおうとしたのは北龍ではなく、最初から母さんだった』と言っていて。
(両者は全然状況が違う。でも、雪乃さまの言うとおり、『誰も見ていない』のなら、茜さまが言うことは推測に過ぎない、ということになる……)
母さんを悪者にしたくない気持ちがある僕は、どこか茜さま寄りになっているみたいだった。
茜さまの証言がもっと出てこないか、すがるような気持ちで彼女を見てしまう。
奥歯の音の後、茜さまは雪乃さまをじっと見据えた。
「貴方が……貴方が見たと言ったではありませんか! 雪乃さま!」
(えっ……?)
『見た人は誰もいない』と言う雪乃さまに、茜さまは『雪乃さまが見た』と。
ますます変な話だ。
訳がわからないのは僕だけみたいで、他の人たちは皆一様に、うんざりした顔で「また始まった」と囁いた。
そんな空気の中、茜さまは張りのある声を続けた。
「桜子が色名として、賊となった影時を追った時。即座に雪乃さま、貴方も彼らを追った。
なぜなら貴方には影時から匣姫を奪い返す権利があった。託占で選ばれた、月哉さまの正式な配置先であられたから」
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