龍のシカバネ、それに月
6
――大好きだった。
大事にしてもらったわ、わたしたち。
――大事に思ってくれて、ありがとう。…………。
青鷹さんがにこっと笑ってくれる。
逆賊なのだとか、僕はその子供なのだとか。
凝り固まった澱のようなものが、しだいに溶けていくような気がして。
「青鷹さんは……僕をほっとさせるのが、上手すぎると思います」
「それだけ、優月のこと見てるからね」
「…………」
僕を、いたたまれなくさせるのも、やっぱり青鷹さんが一番上手だと思う。
地下の井葉屋敷の広間にいたのは、東龍頭領 井葉藍架さま、その後継補佐 久賀青鷹さん。
西龍頭領 風祭雪乃さま、その後継補佐 林灰爾さん。
南龍頭領 保村朱李さま、その後継補佐 保村紅騎さん。
匣宮からは僕、僕には静さんが従いてくれていた。
そよそよと風が渡っていく。
吊し灯籠を揺らしていく儚い音に混じって、“彼女”の手が湯飲みをそっと茶托に置く音がした。
保村茜(あかね)さま。
ずっと会いたいと思っていた。
母さんの実姉で、朝陽の実母。
僕からは伯母にあたるこの人に、ずっと会いたいと思っていた。
きっちりと結い上げた黒髪と、南龍の色に染め上げた見事な和服を着こなし、完璧な所作で僕を見据え、ゆっくりと頭を下げた。
「南龍頭領 朱李の妻、保村茜でございます。匣姫さま」
血の繋がりのあるこの方に、ここまで丁寧に挨拶をされるのは少し寂しくもあったけど。
(母さんの、お姉さん。あんまり、母さんには似てない気がするな……)
「優月です」と同じように挨拶を返した。
頭を上げた茜さまは、ちらと周りの頭領たちを見回してから静かに言った。
「本日は20年もの過去を掘り起こし、何もご存知でない匣姫さまにお話しする場とか。妹の愚行に対して、誤りを正確に伝えられませぬと、南としては立つ瀬もございませぬゆえ。こうして奥であるはずの身を、表に現したよし、お許し下さいませ」
整然と言ってのける茜さまのセリフに、途中から扇子で隠した口元から甲高い笑い声がかぶさった。
雪乃さまだ。
笑い声に、茜さまの伏せがちの目が、じろりと西に向かう。
「“妹君の愚行”でございますか。あれを“誤って”“誰が”“どのように”と、優月さまにお伝えできるのか。茜さまの仰りよう、そのことのほうにも興味が湧きますね」
間で、朱李さまがおろおろと視線を泳がせている。
雪乃さまに対して何か一矢報いようとしたらしい茜さまの気配を読み取ってか、その背後から紅騎さんが「母上」と低く小さな声で牽制した。
茜さまはちらと息子を見返ると、小さく息を吐いて唇を引き結んだ。
(ちょっ……何この空気っ……)
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