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龍のシカバネ、それに月
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 20年前、匣宮月哉が失踪した後の匣宮の行動は早かった。
 10才の朋哉さんを匣姫に選定し直し、すぐに『匣姫』というシステムを立て直した。
 12年前の朋哉さんがさらわれた後、システムを直そうとした人は誰もいなかった。

 当然だ。
 匣宮の人間は北龍の呪詛により壊滅していた。
 もちろん、託占を担っていた人も。

「匣宮月哉もいないのが確認できたら、僕が、匣姫(僕)の配置先を決めます」

 それがどんなに大それたことかわかっていても。
 現存するかどうかわからない託占をずっと待ち続けるなんて、僕にはできそうにない。

「優月」

 顔を合わせた青鷹さんが、どうしてか咎めるような目で僕を見ている。
 僕が、代わりに託占の代わりを務めるというのは、確かに身の程知らずだとは思うけど。

「いつから、亡くなったお父さんのことを『匣宮月哉』と呼び捨てにするようになった?」

「っ! ――――っ……、そんなの……」

 今、関係ないじゃないか。
 一瞬で顔が真っ赤になったのがわかった。
 今までだって、父さんのことを匣宮月哉とフルネームで呼んでいたけど、気づく人はいなかった。

 慌てて青鷹さんの腕を離れて、部屋を出た。
 秘密の階段を走り降りていく。

 地下の井葉屋敷は、以前の会談の時と同じで、整然としている。
 まだ明るい日差しの中を、庭園にある庵に向かって歩いた。
 きっと変な顔をしている。
 落ちついてから、中に入らないと。

(入ってからも、議題は父さんの……匣宮月哉のことなんだから……)

 どうして父さんを『匣宮月哉』と呼ぶようになったのか?

(仕方が、ないじゃないか……)

『匣宮月哉』は弟・朋哉の体を操り、北龍に加担しつづけた。
 家族を愛した佐藤月哉は、今や逆賊なのだ。

(どうして僕が、『父さん』だなんて呼ぶことが許される……)

 庵の椅子に腰を下ろして、薄い水色の空を見ていると、視界の端が陰った。
 青鷹さんだった。

「行こうか。……体、大丈夫か?」

 手を差し出しながらそんなことを言う青鷹さんに、小さく頷いた。
 本当はまだぼんやりとした熱が体を支配していて、視界もちょっと潤んでるけど。

「そんな目で見るの、俺だけにしてくれ」

 まつげにくれるキスに瞬いてしまった。
 多分顔はまだ赤いんだろうけど。

 さくさくと音を立てて庭園を歩いていく。
 青鷹さんは前を向いたままだったけど。

「優月だけは『父さん』と、呼んであげて良いんじゃないかな」

「……でも」

「三龍の事情と優月親子の事情は別問題だろう? 優月が月哉さんのことを心底憎いのなら話は別だけど」

「! そんなことは……」


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あきゅろす。
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