龍のシカバネ、それに月
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体温がある。
手にふれるこめかみから、さらりとこぼれていく髪を梳いてみる。
黒く長い睫が、今は瞬くことはない。
先の匣姫という役目から、今は解放されて、薄い寝間着に身を包んだ朋哉さんは、浩子さまが用意した布団に仰向けに寝ている。
浩子さまが言う通り、息をしていない。
でも、襟元に指を置くと、微弱だけど鼓動を感じる。
もしかすると、呼吸のほうもまったく止まっているわけじゃなくて、僕が感知できないレベルで遂行されているのかもしれない。
浩子さまは側に置いてあったスキンクリームの蓋を開け、中身をほんの少し指先に取った。
何をするのかと思ったら、朋哉さんの唇に載せて、指の腹をそっと動かして塗りこんでいった。
「乾燥して、色が白っぽくなってしまうんです。お可愛そうでしょう? せっかくこんなにお美しいのに」
浩子さまの優しいマッサージのおかげか、朋哉さんの唇は薄桃色に艶めいて見えた。
確かにこのほうが、ずいぶん健康そうに見える。
(健康そう……?)
浩子さまは純粋に「お元気になられると良いのですけど」と言う。
その愛情ある言葉を否定することはないけど。
できれば僕自身も、同じ言葉で祈りたい。
匣姫自身に匣の力が有効かわからないけど、朋哉さんのために使いたいとも思う。
でも。
(今、『匣宮月哉』はどうなっている? 珠生さんの一撃で、2人の作戦通り『消えた』のか?)
太刀などという現実の武器で、魂なんてつかみ所のないものが、斬ったり消せたりできるものなんだろうか。
消えていないとしたら?
まだ朋哉さんの体にいるのだとしたら?
だとしたら朋哉さんの回復とともに、月哉も回復していくはずだ。
だが、早期撤退していった北龍が、月哉を『器』から外して連れ帰った可能性も否めない。
もちろん三龍の包囲網が堅牢だったことも理由の1つだろうけど、あれほど執心している月哉を置いて帰っていくのには別の理由があるんじゃないか?
例えば、朋哉さんの体ごと月哉の回復を待つつもりなのだとか……。
中にいないのが確かだとわかっていたら、朋哉さんの回復に存分に手を貸せるのに。
(魂だけ、連れ帰る……)
そんなこと可能なのか?
魂だけでこの世に存在し続けることなんて、可能なのか?
(きっと、無理なんだ)
無理だから、2つ月である朋哉さんの体を借りて動いている。
月哉が動くには、朋哉さんの体が必要不可欠。
もし今の朋哉さんの中に月哉がいなくなっていたとしても、朋哉さんが回復すれば、必ず『器』を求めて近づいてくるはずだ。
(それを考えてしまえば、朋哉さんの体を回復に導くべきか否か、判断できなくなる……)
人の命を救うかどうか、迷うことになるなんて……考えられない。
「優月さま。今日は素敵なお召し物を選んでいらっしゃいますわね」
唐突に褒めてくれる浩子さまに、はっとして自分の服を見返った。
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