龍のシカバネ、それに月
9
「――何者かが、匣宮朋哉を操っていた。匣宮朋哉はその何者かをコントロールすることも追い出すこともできず、ただ匣姫の力を自由に使われるだけだった。
だから碧生さまが、彼もろともに斬った。それを碧生さまに依頼したのは匣宮朋哉自身。
理由は……碧生さまが、匣宮朋哉にとって一番信頼に足る人物だったから」
「! 青鷹さ…っ……」
頭を胸元にぎゅっと押しつけられて、くぐもった声しか出なかった。
いや、『出せない』ように『返事しなくて良い』ように、そうしてくれているんだろう。
僕が、言えないことをわかってくれて。
(青鷹さん……)
僕の肩口に鼻先を埋めるようにして、青鷹さんの低い声が続いた。
「でなきゃ、あのタイミングで碧生さまが現れるのはおかしい。太刀を持っているのを見た時に気づければ……あの方にあんなことをさせずに済んだのに……っ…。俺が、匣宮朋哉を……」
「ち、違います……。朋哉さんがそう望んだこと。誰にも……止められなかった……」
止めては、いけなかった。
珠生さんの覚悟を。
朋哉さんの覚悟を。
そして2人の覚悟は、三龍にとっても、それしか打つ手がなかった。
それも、朋哉さんは承知で。
誰かの犠牲で成立する、その他大勢の幸福。
そんなことは世の中に溢れかえっていることだけれど。
だけど。
「匣宮朋哉を操っていたのは、その兄、月哉だった。20年前、ここを出た、優月の父親。……それが、匣宮の禁事か……?」
月哉の名前を出された瞬間、びくっと肩が震えた。
声に出さなくても「是」と答えているようなものだ。
朋哉さんの中にいたのが匣宮月哉だった。
禁事は朋哉さんが2つ月であることを指していて、中の人物が月哉であることとはまた違う話だ。
だけど、どちらにせよ、おそらく匣宮にとって外聞が良い話ではないことは違いない。
(そもそも、匣姫だった匣宮月哉がここを去ったことだって、醜聞だったんだろうから……)
匣宮月哉はここを出て、好きな人と家庭を築いた。
短い間の、小さな楽園。
家族と囲んだ食卓。
物はなかったけど、ほんの小さな部屋だったけど。
朋哉さんだってそうだ。
ただ珠生さんといたかっただけ。
『匣宮朋哉』として認めてくれる人のそばにいたかっただけ。
2人の匣姫が望んだ願いは、それほど大きな罪だったろうか……?
(醜聞だとか、禁事だとか言う権利が誰にあるんだろう?)
もしも今も、匣宮が生きていて、託占が存在したら?
僕が青鷹さん以外の龍に配置されたら?
青鷹さんならどうするだろう。
――僕なら?……
「青鷹さん。東龍後継に、1つお願いがあります」
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