龍のシカバネ、それに月
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「でもまあ、紅騎が向こう側にいるのは何かと都合が良かったしね。紅騎が密かに出してくれていた力で、俺も山茶花の部屋との空間を繋げることができたんだし」
そういうわけでその後も紅騎に合わせてた、と言うのに僕も納得する。
確かに灰爾さんが言う通り、結局紅騎さんの精神力のおかげで僕も助かったのだ。
朋哉さんに飲まされた薬で、多分箱の匂いも増量していたんだと思う。
そんな匣を前に色名龍が正気を保つことは大変なこと……だったんだと、思う。
「……いつでも正気っていうことは、朋哉さんが帰ってきた時もですか? 翌朝、朋哉さんが忘れっぽいんじゃないかとか聞いてきてましたけど。その、朋哉さんとそういう関係になったのも、計算のうちだと……?」
無表情のまま、紅騎さんはカップを唇に寄せたまま「まぁ、俺も健全な色名龍だから?」などと、しれっと答えてくる。
(やっぱり! 最初は単に先の匣姫に気があっただけだろ!)
紅茶を喉に通して、それも無理はないかと思う。
朋哉さんは本当に綺麗だ。
今でも綺麗なんだから、12年前の儀の夜なんて最高に綺麗だったんじゃないだろうか。
小学校高学年だった彼らの心にも、美しく舞う匣姫の姿が焼きついたことだろう。
「先の匣姫って、俺らの世代には『実らなかった初恋の人』って感じなんだよね。憧れたまま話しかけることすらできずに、思い出化してる、みたいなね」
それを実際に食っちまう野獣な輩もいるわけだけどな、とつけ加えて、灰爾さんはチラッと紅騎さんを見た。
紅騎さんはちょっと目を細めただけで、表情は変わらない。
「手が届くのに見てるだけって、元々性分に合わない。そんなの、優月だけでたくさんだろ」
「えっ? 紅騎さん、さっき僕のこと嫌いって言ってませんでした!?」
それなのに、僕を手に入れたいなんて、思うんだ!?
いや、多分、確実に、色名龍としての本能が、そう思わせるだけなんだとしても。
「言ってない。『託占で配置が決まる匣姫の機嫌を取っても意味がない』と言ったんだ、バカ」
いちいちバカってつけないと、話進まないのかな、紅騎さんて!!
「あと、先の匣姫が『忘れっぽいのか』優月に聞いたのは、知っておきたかったからだ」
「? 何をですか?」
なぜか言いにくそうに口ごもる紅騎さんの代わりに、灰爾さんがぼそりと「匣宮の禁事」と呟くように言ってから、チラッと僕に視線をくれた。
匣宮の禁事。
朋哉さんの“2つ月”のことだ。
「先の匣姫が『忘れっぽい』か否か。あの時優月は『忘れっぽい』とは答えなかった。つまり、禁事を知らなかった。あそこで『知ってる』と答えてたら、俺がやろうとしてること、言ってやっても良かったんだけどな」
タイミングがズレた。僕が朋哉さんに知らされたのは、もう少し後だったから。
「色名龍の中でも、件の禁事を知ってるのは限られてる。相手が色名でも、優月ちゃんからその話を振るのはやめておいたほうが良い。青鷹にもね」
「青鷹さんにも?」
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