龍のシカバネ、それに月
2
朋哉さんが気づけば良い。
でも、中に身を潜める匣宮月哉も気づいたら?
もしくは両方が目を覚ますことになったら?
きっとまた北龍が動き出すことになるんだろう。
両方が目覚めるって可能性はないわけじゃない。
「今回の件で、色名を復活させていただく話も出ているそうなのですが、兄がお断りしているようです」
「色名を。どうしてお断りに?」
「さあ……わかりませんが」
まったく、と半分呆れたような口ぶりの浩子さまが「いただけるものはありがたく頂戴すればよろしいのに」と言ったから、小さく笑いが洩れた。
「今は、そっとしておいてあげましょう。大変なお役目を、果たされた後なんですから」
そうですね、と返して、浩子さまは僕のご飯茶碗を取り上げて、粥のおかわりをよそうと、また僕に手渡してくれる。
「欲しそうに見えましたか?」
だったらちょっと恥ずかしい、と思っていると、浩子さまは「いえ」と短く返してきた。
「優月さまも、たくさん食されて。早くお元気になって下さいませ」
ちょこんと手を突いて頭を下げると「では」と踵を返していく。
ドアがぱたんと閉じて。
部屋は再び静寂を取り戻した。
たくあんを口に入れると、ぱりぱりと妙に音が響く。
カーテンが開かれた大きな窓には、庭木の頭が見えていて、時折、野鳥がやってくる。
小さな地味な色合いをした鳥が羽を繕うさまを見ているのが楽しみなんだけど。
今朝はまだ来ていないみたいだ。
3日ほど前に目が覚めた。
静さんはずっと発熱していたのだと教えてくれた。
多分、朋哉さんに飲まされた、あの薬のせいじゃないかと思うんだけど。
ここは久賀の家なんだろうけど、青鷹さんにはまだ会っていない。
静さんを含めず、初めて会ったのが浩子さまだ。
朋哉さんの様子が知りたかった。
いや、もちろんそうなんだけど本当は……中にいたという匣宮月哉がどうなったのか知りたい、という欲もあったと思う。
まだ中にいるのか、それとも出て行ったのか。
(北龍の撤退が、あまりにも早かった)
朋哉さんを、いや匣宮月哉を迎えに来たであろう北龍が、その身柄を置いたまま帰っていくなんて。
もしかしたら、月哉の魂だけを抜いて、ちゃんと目的を果たしているのかもしれない。
『魂を抜く』ということが可能なのであれば。
もしくは『出る』とか。
『入る』ことが可能なら『出る』ことも易いのか?
2つ月のありようがよくわからない。
(でももう、それを説明できる人もいない……いや、珠生さんは知ってるのかな)
今それを問いただすのは酷だ。
あと知っていそうな人は、朋哉さんが夢の中で言っていた人物『ばばあ』……さん、なんだけど。
多分、彼女は匣宮の関係者だ。
実在の人物だとしても、呪詛の後の匣宮関係者が生きているかどうかはわからない。
箸と茶碗を盆に載せる。
なんだかんだで2杯も食べてしまった。
(そもそも、どうして死んだはずの匣宮月哉が、朋哉さんに入っていた? いつから? 何のために?)
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