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龍のシカバネ、それに月
1

「おかえり、朋哉」

 いつだって、言ってやれる言葉はそれしかなかった。

「俺が、後継になって頭領になる」
「今は何の力もないが、必ず匣姫に相応しい男になる」

 叶えることができなかった、淡い色をした儚い約束ごと。

――配置になんて、行きたくないっ……。

 儀の直前、同じ思いと痛みを、胸に抱いていると確信が持てた最後の瞬間。
 あのまま白い手を引いて、ここを去ることもできたはずだ。

 同じように逃げた月哉さんは追っ手に苛まれた挙げ句、命を落としたのだという。
 しかし、そんな前例が、朋哉にすべてを諦めさせる理由になりえたのか?
 ……違う。

 それを、朋哉を連れ出さなかった理由にしたのは私だ。
 私の弱さが、朋哉の手を離してしまった。
 行かせてしまったのは、私だ。

 そんな風に言わせてごめん。
 そんな風に泣かせてごめん。
 ずっとそばにいようと決めていたのに。
“帰って”くる朋哉のそばにいて「おかえり」と言ってやるんだと決めていたのに。

――たまき……。
 来て、くれたんだ。
 ……ありがとう……。

 残酷な運命を、涙で濡らした笑顔ですべて受け止めた。

 来てくれてありがとう? 
 そんなことで喜ばせて、……
 ……ごめん……。
 …………。










「息はなさっておられません。でも、胸の鼓動は微かにあるのですわ」

 稀な症例でございましょう。
 珠生さんの妹、浩子さまは相変わらずの無表情で、淡々と事実を述べていく。

「中で眠っておられるのが、朋哉さまか月哉さまか、果たして両方おいでになるのか、それもわかりません。ただ、意外にも――」

 意外、と続く浩子さまの声色に、僕はベッドの中、半身を起こした姿勢で口にしていた粥を、ごくんと飲みこんだ。

「兄は元気にしております」

「は? え?、あ、珠生さんが……」

「はい」

 相変わらずヘンな会話の運び方をする浩子さまの無表情に、力が抜けた。
 薄く半月切りにしてもらったたくあんを箸で弄び、「良かったです」と返す。

 心に変調を来してしまうほど好きだった朋哉さんを、あんな事情の上とはいえ斬りつける大役を一身に背負った珠生さんが無事でいられるかどうか。
 北龍の報復も恐れたけど、それよりも何よりも。

(自ら朋哉さんを追うんじゃないかと、怖かった)

 事後の珠生さんがどんな様子だったのか、僕は目にしていない。
 何も思わなかったわけがない。
 これも、朋哉さんが胸の鼓動だけでも現世と繋がりを持ってくれているおかげかもしれない。

 朋哉さんが万が一でも気がついてくれたら、珠生さんは救われる。
 今度こそ、2人を邪魔するものは何もない。

(でも、“気がつく”って、“どっちが”?)

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あきゅろす。
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