龍のシカバネ、それに月
9
帰ってきたばかりの青鷹さんが出ているとは思いたくないけど。
起き上がって、1つ飛ばしで素早くボタンを止めると、紅騎さんに向けて力を送った。
距離が近いから、どこかに飛んでしまうことはないだろう。
「部屋を外に繋いで優月を解放しろ。先の匣姫を含めて、三龍が貴様に匣姫を渡すことは、もう二度とない」
紅騎さんと僕を交互に眺めた北龍は、黙ったままだった。
微動だにしないその頬に、空を飛びまわる黒い人魂が影を走らせていく。
紅騎さんに拘束された朋哉さんが、無表情に目を細めた。
「南龍後継。いつから目覚めていた?」
「さあね。あんたを抱いた時もどうだったかな」
朋哉さんは白い喉を鳴らして、小さく息を吐いた。
「……匣姫を、ここに留め置くことが正しいと?」
その問いを口にした朋哉さんは、少し悲しそうに見えた。
もしかして、朋哉さんも、元に戻ったのか?
「正しいとか正しくないなんてのは関係ない。続いてきたから続ける。続けることに意味があるんだよ、伝統ってのはね。成り上がりの北龍にはわからないだろうが。
あんたにはわかるだろう、先の匣姫さま……いや……『月哉』さま?」
(────っ……)
2つ月。
ジャンクの匣姫。
匣宮朋哉はもう1つ魂を入れる器を持っている。
――神や仏が入れば良いが、狐狸や悪鬼が入ったらサイテーってことだな。
北龍頭領 影時は、痛みに苛まれる朋哉さんの頬に触れて、こう呼んだ。
――月哉。
思い出したくなかった、一瞬のこと。
「……嘘です……サイテーなんかじゃない。だって、父さんは……僕が小さいころ、亡くなったんだ。もう、いません……」
だから、朋哉さんに入っている何かは匣宮月哉じゃない。
父さんはいない。
匣宮月哉は朋哉さんの2つ月とは、関係がないはずだ。
関係……ないのに。
朋哉さんに飲まされた薬のせいか、高ぶりはじめた感情のせいかわからない涙が、頬を伝って流れていく。
「……嘘、だよ……」
「優月……」
僕の名前を力なく口にする朋哉さんが、どんな顔をしていたかわからない。
涙で視界が滲んでいた僕には、世界が溶け始めていて。
「優月のために……してきたことだ……」
小さいころ亡くなってしまった父は、いつも写真の中で若々しい姿のまま、綺麗な笑みを浮かべていた。
「大好きだった。大事にしてもらったわ、わたしたち」母の言う言葉に、とろけそうに嬉しくなりながら思った。
父さんに、一目会いたい……会ってみたい。
会って言うんだ、『大事に思ってくれて、ありがとう』――。
泣きながら首を横に振っていた。
違う、こんなのは違う。
僕のために、何?
これが、僕のためなの?
「違う、よ……こんな、望んでない」
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