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龍のシカバネ、それに月
8

 紅騎さんの息が、耳元に触れる。

「んぅ、…ん」

 全身がしなって、すべての感覚が下腹に集まる感じだった。
 開いた口元からこぼれる唾液の筋も、自分で拭うこともできずに。
 指を中に埋められて動かされると、動きに合わせて腹の上を自分で濡らしてしまうのがわかった。

「……とろとろだな、優月の中。壮絶に“匂う”し……」

 僕にだけ届く小さな小さな声で、紅騎さんが言った。
 熱の籠もった声が、『はこひめさま』以外の言葉を口にしたのは久しぶりだと思って、……冷水を浴びせられたように、正気が戻った。

(紅騎さん。もしかして……)

「このまま、俺の匣になってもらっても良いけどな」

 南にもあの薬あれば良いのに、と雑なことを耳元で囁かれて、どんどん正気に戻っていく。

(紅騎さん、正気だ)

 焦点の戻った目をして、じろりと僕を睨みつけてくる。

「馬鹿。まだ先の匣姫が見てるんだ。ちゃんと喘いで、腰揺らしとけ」

 喉の奥で鳴ったような小さな舌打ちまでもが耳に入ってくる。

 この口ぶり。
 まともな紅騎さんだ、間違いなく。

(いつから!? まさか最初から!?)

 まだ朋哉さんが口移しに入れてきた薬は体に残っている。
 でも、正気に戻ってしまった後、同じように正気の紅騎さんに体を触られて、喘げと言われても。

「ん、……」

 ヘタクソ、と耳元で囁かれる。
 そんなこと言われても、無理だと思う。
 余計、正気が戻る。

 紅騎さん相手に喘ぐなんて、そんなの。
 どうせなら、もっとギリギリまで正気に戻してくれなかったら良かったのに!

 喘ぎ方を考えるというバカバカしい状況で、目の前をふっと黒い影が横切った。 黒い人魂のような長く引く尾が流れていく。

(北龍の影……!)

 空を切るような音と共に幾つもの影が部屋を横切る。
 影と影の隙間に、朋哉さんがもたれる壁から染み出るようにして北龍頭領 影時が現れるのが見えた。

「ひ……!」

 ち、と舌打ちの音が聞こえた。
 小さくない、普段と同じ音量で。

「目ぇ、瞑っとけ」

 一瞬で、体が解放された。
 僕を囲んでいたすべての龍が外れた。
 紅騎さんの飛ばした術で、朋哉さんの支配下にいた龍に意識を閉じさせたのか。
 ばたばたと倒れていく音。

 北龍頭領の出現に気を許した朋哉さんの、一瞬を突いた術だった。

 朋哉さんの身柄を人質に取った紅騎さんは、光る手をその白い首筋にあてがって、北龍に対峙した。
 壁から体全てを現した北龍は、その様を無表情に見ている。
 額の端が裂けているのか、血が筋を作って流れ落ちていた。

(外で、戦闘があった?)


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