龍のシカバネ、それに月
7
あれほどの長い時を睨み合っていながら、大した傷を負ったようにも見えないところまで同じだ。
「“あれ”を返してもらいに来た。あれが帰れば、俺は今の匣姫は手に入ろうが入るまいが、どちらでも良い」
どうせ皆俺のものになるのだ、とあっさり言ってのける。
影時の手から放たれた光を、自分の力で応戦する。
「“あれ”とは先の匣姫のことか」
「『先の』……? まぁ、そういうことになるかな。今の匣姫も、正しくは北のものだがな。今の匣姫は――」
破裂音が、北龍の言葉を遮った。眩い光が辺りを包み、音は数発続いた。
白い煙に、北龍のものらしき悲鳴。霧が晴れ始めたのは、しばらくあってからだった。
「青鷹。務め、ご苦労だね」
まだうっすらと靄のかかる離れの前で、正面に蒼河が驚きに目を見張っている姿が見えた。
俺の、下の名を呼ぶ、この声。
晴れた靄が風に流され、幾人もの龍が立ち尽くす中、緩んだ雨の下に、懐かしい人はそこにいた。
「碧生さま……」
柔らかく浮かぶ微笑は、ここを出て行く前と少しも変わらない。
色名を取り上げられたというのに、北龍の力を阻む実力までも。
「まさか……ここ最近出た、手練れの不審者って、まさか……」
そばに駆け寄ってきた朝緋の話に碧生さまは「不審者!?」と目を円くした。
「私が不審者。酷いな、それは」
短く笑う。
蒼河に姿を眩ました北龍を探す指示を出し、その背中を見送った後、碧生さまを見据えた。
「俺との約束を、果たしに戻って下さったんですか」
碧生さまはうんと頷いた。
「それもないとは言わないけど。そっちは俺がいなくても、青鷹で果たせそうな気がするんだよね」
10年来の約束を堂々と反故にする碧生さまに、呆れ半分で返す。
「酷いですね、碧生さまも。
……先の匣姫さまが戻られたから、戻って下さったんですね」
先の匣姫、という言葉を聞くと、碧生さまは本当に嬉しそうな顔をする。
いつも穏やかな人だけど、それよりもっと柔らかで優しい笑みになる。
「まあね。こっちは私じゃないとね」
つられて笑みが浮かびそうになった時、「青鷹さま!」と声が飛んできた。
離れの、地下階段に残してきた龍が顔を出していた。
「消えた部屋と扉が繋がりました!」
灰爾の術が、繋がりを戻したのか。
(優月っ……!)
残る龍たちに、元の陣形に戻るよう指示を飛ばしてから、先を行く碧生さまの背中を追った。
その腰に、見慣れない太刀が下がっていたのが視界に入ったが、それはすぐに記憶を流れて行ってしまった。
再び現れた先の匣姫の部屋、傷を負った北龍の行方、碧生さまの太刀。
頭の大半を占めていたのは、優月の安否。
太刀を持っている理由を問いただすことをしなかった。
俺は、上に立つ者として、ミスを犯していたことにまだ気づけないでいた。
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