龍のシカバネ、それに月
3
元々上に立つタイプじゃないしな、そんなことを言いながら空間を手繰る。
逆に言わせてもらえば、そんな器用で繊細さを要する術は俺には無理だ。
「灰爾、東の参謀になればいい」
「は、言うわ」
軽く笑って術を続ける。
正直、灰爾の術が頼りだ。
(先の匣姫と息のかかった龍たち……紅騎)
せめて紅騎が正気であってくれればと、考えても仕方のないことを思ってしまう。
「優月ちゃんを行かせたのは俺だよ。必ず、ちゃんと見つけ出すから」
灰爾が目を閉じたまま言うのに、ああと短く返す。
(優月)
呼んでもどうにもならないのに、自然に名前が浮かんできてしまう。
どうか無事でいてくれ。
おまえは以前の“色んなことができない”おまえとは違うんだろう?
俺が知っている優月とはかけ離れた、しっかりした顔をして。
灰爾を集中させるために龍だけを残して、階段を上がった。
(……?)
上へ足を進めると共に、圧迫感が増す。階段への分岐点に広がる小さな入口から見える空が黒い。
まるで先の匣姫がさらわれた儀の夜のような――
自然に、足が早まった。
階段を駆け上がり、見上げた空は漆黒。
月の光など欠片も通す気のない空が、重苦しく広がっている。
先の匣姫に気取られないよう潜んでいた龍たちも姿を現し、空を仰いでいる。
霧雨が、頬を湿らせ、やがて顎へと流れ落ちていく。
久賀、と呼ばれて我に返った。
「朝緋」
俺が先の匣姫を託した、優月の弟。
優月よりも体の大きな朝緋だが、顔の作りはまだどこか幼さが残る。
まだ16、当然だ。
それでも母親を亡くして迎えに行った時とは、格段にしっかりした顔つきになった。
「この雲、もしかして北龍の」
「愛しの先の匣姫を、自ら迎えに来たのかもしれないな」
階下ではまだ灰爾が居場所を手繰っている。
霧雨は急激に雨粒へと変わり、ぬかるんだ土をも跳ね返す激しさへと変わった。
ビカリと空を二分する稲妻が走る。
(蒼河も帰ってきたか)
黒い雲間から、ちらちらと糸のような光が見える。
北龍討伐に出た蒼河と東の連中も、こちら側にやってきた北龍を追って戻ってきたのだろう。
雷の閃光を、濡れた頬に照り返しながら、朝緋は笑って俺を振り返った。
「俺も行くつもりだけど。久賀は『後継候補はじっとしてろ』とか、つまんねえこと言わないよな?」
「悪いが、遊ばせておく龍を作る余裕はないな」
優月が消えた部屋を捜索させていた龍たちを集めた。
皆一様に、空へと視線をやる。
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