龍のシカバネ、それに月
1
霧のような、儚い雨が降っている。
視界が白くけぶってはっきり物が見えない分、小さな音まで聞こえるように思えた。
きっとそれは龍たちも同じなんだろう。
灰爾さんの指揮で息を詰めて控えている者たちも、……離れの中にいる者たちも。
零時ちょうどに迎えは来た。
――迎えをやるからね。
それと一緒においで。
誰にも言わずに、ね。
“それ”は鬼火だった。
先に気配を察知してくれたのは青鷹さんで、がばっと起き上がった勢いで僕も目が覚めた。
暗がりに浮かぶ、紫色をした鬼火が、ゆるやかに体を揺らして浮かんでいた。
それは朋哉さんの遣いと呼べるに相応しく、夢のように美しい火だった。
布団から起き上がって、シャツとぼさぼさになった髪を適当に直していると、青鷹さんが後ろから抱きしめてくれた。
「だめだ。やっぱりこんな作戦に優月を行かせられない」
青鷹さんの暖かい腕の中に口元をうずめて、思わず泣きそうになった。
大事に思われることは、掛け値なく嬉しい。
でも。
「僕は……僕の役目を果たさなくちゃ。青鷹さんが東龍後継であるように」
ぴくりと腕が反応して、ためらうようにゆっくりと僕を解放してくれる。
困ったような、泣きたいような、そんな顔をして。
「俺が北龍を追いかけていったころの優月は……色んなことができなかった」
泣きそうな顔でそんなことを言うから、思わず笑いが洩れた。
「僕は、今でも色んなことができません。だから、青鷹さんが助けて下さい。貴方がいないと僕は……もっと色んなことができない……」
小動物に嫌われる雑な手で頭を撫でてくれる。
その手が暖かい。
「……わかった。帰ってきたら、俺がいなかった間の話をしろ」
はい、と返した時、青鷹さんはようやく笑みを浮かべてくれていた。
儚い霧雨が続く。
紫色の鬼火はゆるゆると進み、僕はぬかるんだ土の上を靴で踏み進んだ。
方向は、朋哉さんが言っていた通り、離れだ。
半分倒壊した場所を過ぎ、無事に残っている建物に入っていく。
配備している龍たちも見ているだろうか。
靴を脱ぐかどうか、どうでも良いことで迷っていると、鬼火は振りかえるかのように少しだけ戻ってきた。
泥で汚れた靴を脱いで、今でも表面が光る廊下を進んだ。
知っている景色だ。
負傷した龍を看ていた時も、幾度か通った廊下。
(知らないはずはないのに)
見知った廊下が二股に別れて、一方は階段が下へと伸びていた。
暗いはずの階段は、僕を案内している鬼火の光で、紫色に輝いて見えた。
こんな場所、灰爾さんはわかるだろうか。
躊躇しながらも、足を進める。
時折きぃと呻くような音で鳴る階段を降りきると、扉が現れた。
古い金属製の扉はあちこちが赤く錆びて剥け、まるで治らない傷口を抱えた皮膚のようだ。
ノブだけはピカピカに磨かれている。
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