龍のシカバネ、それに月
9
抱きしめられる両腕の感触が、僕までも現実かどうか怪しく思えるほど嬉しくて。
「は、はるた……んぅ…」
名前を呼んで夢じゃないことを確認したがる口はすぐに塞がれて、それだけがやたら熱い舌に絡めとられてしまう。
熱を持った荒い息が「ゆづき」と呼ぶ。
(…………)
意味なんてないような、ただの音の羅列みたいに聞こえる3音は、僕がずっと聞きたかった音だ。
はい、と言う前にまた塞がれてしまう呼吸を、整えることもできなくて息があがる。
「んっ……はる……苦しっ…」
それでも「ゆづき」とくり返してくれる声が嬉しくてたまらない。
聞きたかった、ずっと。
青鷹さんの声が、僕の名前を呼んでくれる。
ただそれだけのことをずっと、喉から手が出るほど望んでた。
北龍のもとに行かせたのは自分。
それが自責の念となって、望むことすら罪に思えていたけど。
(嬉しい)
呼吸が上手くできなくて変な涙が浮かんできて、ようやく青鷹さんは気づいてくれて。
唇を離して、そのままぎゅっと抱きしめてくれる。
両腕を肩に回して、大きな手のひらが犬でも撫でるみたいにがしがし頭を撫でてくる。
「青鷹さん……痛いです……」
そうだ、この人。
動物が好きなのに好かれないんだったっけ(愛が深すぎて?)。
そんなことを思い出して、涙が流れて落ちているのに、忍び笑いが洩れた。
「何、笑ってる……? 余裕なさすぎか……?」
仕方ないだろう、と勘違いしたまま、僕の襟元に唇を押しつけてくる。
「違います。青鷹さんだなぁって思って」
「余裕がないことがか」
襟元に鼻先を沈めたまま、くぐもった拗ねたような声を出す。
「……余裕云々から離れて下さい。あと、重いです……」
「夢だから、体が思うように動かない。だから仕方がない」
体重がかからないように、体を少し横にずらしながら、駄々っ子のようなことを言う。
「夢じゃないです」
「……夢なのに、優月が優しくない。苦しいとか重いとか痛いとか。夢の中なら、我慢して俺の思い通りに抱かれればいいのに」
「抱っ……! 何、子供みたいなこと言ってるんですか……」
僕よりずっと年上で、体も大きくて、強いくせに。
一人きりで、誰もが手こずる北龍頭領を抑えていたくせに。
(…………)
そんなこの人が僕の襟元に鼻先を沈めて、ぶつくさ文句を言っているのを可愛いなどと思ってしまう。
ずっと熱がのぼりっぱなしの頬が、もっと熱くなる。
気持ちを言葉にしようとするのって、エネルギーが要る。
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