龍のシカバネ、それに月
3
先の匣姫がジャンクだったなんて、誰が聞いても信じるはずもない話だ。
どちらかと言えば、ジャンクと呼ばれるべき匣姫は自分のほうだと自嘲じみた考えが浮かんだ。
首を横に振る。
夢は、朋哉さんが送ってきた。
そう思える。
試しに匣宮の中を想像してみる。
磨かれた廊下、朱に塗られた柱、密やかに揺れる吊し灯籠……見たことのないはずのものまで、鮮やかに頭に再現できる。
情報は確かに送られてきたのだ。
ただし、
(朋哉さんの中にいる、もう1人の朋哉さんは誰? その人に僕は、どう向き合えば良い?)
……答はない。
朋哉さんが僕に『まだ知らせる必要がない』と判断した情報には鍵がかかっているようだ。
それにしてもなぜ、朋哉さんはこのタイミングで情報をくれた?
しかも夢を介してなんて、人目を避けた方法で。
襖を開けた瞬間、目の前に静さんが立っていて、お互いに目を丸くした。
「優月さま。起きてらしたんですか。起こしに来たんですよ」
「ああ、ありがとうございます。……青鷹さんの様子は? 会えますか?」
一番聞きたいことを問うと、静さんは複雑な表情を浮かべた。
「……今はお会いにならないほうが良いかと思いますが、いつまでもそんなことを言っていられないですよね。私は『貴方に』仕えているのですしね」
行きましょう、と静さんは僕の手を引いて部屋を出た。
南龍屋敷の中も外も、騒然としている。
夢の中で朋哉さんが言ったように、北龍を足止めしていた青鷹さんが帰ってきたのだから、次は北龍が動くと踏んで、準備に忙しいのだろう。
まして南龍は、北龍が喉から手を出すほど欲している先の匣姫を擁する。
どれほど守りを固めても十分とはいえない。
そんな気持ちでいるのだろう。
治癒を施した龍たちが、また出陣していく。
雨は多少、小ぶりになってきていた。
足早に進んで、1つの部屋の部屋の前に立つと、静さんは何の伺いもなしにいきなり襖を開いた。
「……静。無礼だぞ」
華やかな山茶花の花が大きく描かれた几帳の向こう側で声がした。
南龍の誰かが、すわっているようだ。
「優月です。入って、青鷹さんの様子を見せてもらっても良いですか?」
一瞬の間を置いて、小さな忍び笑いが聞こえた。
ひそひそと何かを話す低い声に続いて、朋哉さんの声が答えを返した。
「おいで、優月」
(……っ)
直感的に、違うと思った。
声は朋哉さんだけど、何か、誰か、別の。
――もう1人分の魂を入れられる器が、この体にあった、てことだ。
――神や仏が入れば良いが、狐狸や悪鬼が入ったらサイテーってことだな。
……果たして、中にいるのは神か仏か、狐狸か悪鬼か……。
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