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龍のシカバネ、それに月
1

 起きろ、と言われたような気がした。
 ぶっきらぼうな物の言いように聞き覚えがあるように思えてゆっくりとまぶたを開くと、目の前に朋哉さんが立っていた。

 真っ赤な寒椿の几帳を背に、どうしてか、儀の時に先の匣姫がまとっていた重そうな衣装を着ている。
 南龍屋敷で療養中なのに匣姫の衣装を着ているなんて、おかしい。

(これは、夢だ)

 夢の中で「夢を見ている」と改めて自覚するのだから、これもまたおかしな話だ。
 果たして、目の前に立っているのは本物の朋哉さんなのだろうか。
 それとも、『偽物が存在する』と思うことが間違いなのか?

「東龍後継が戻ったな」

 夢の中の朋哉さんは、僕が考えていることとはまったく別の話を振ってくる。
 それに合わせることができなくて、やっぱり口にしてしまう。

「貴方は、朋哉さん……なんですよね?」

 話し方が朋哉さんのものだ。
 長いこと一緒にいるわけじゃないけど、違和感がないから。
 だから多分本物だ。朋哉さんは一瞬驚いたように目を見開いてから、ああ、と思い至ったような顔をする。

「……多分ね」

 目が合うとニヤリと笑う。

「俺は元々、匣姫としてはジャンクだった。だから、ばばあから見向きもされなかったし、匣姫教育も長い間受けずに済んだ」

「『ばばあ』?」

 聞き覚えのない単語に引っかかると、朋哉さんは「そのうち会うかもね」と唇を尖らせた。

「どうして俺がジャンクなのか、優月にはわかるか?」

――月は2つもいらなかった。

 ぼんやりと月を見上げて、誰よりも朋哉さんを見つめてきた彼の人は言った。

「2つ月、だから……?」

 ご明察、と朋哉さんは手を叩いてから、その手のひらを綺麗に色が重なった襟のある胸元に置いた。
 とはいえ、『2つ月』の意味がわかって言っているわけじゃない。
 月が2つとはどういう意味だ?

「つまり、もう1人分の魂を入れられる器が、この体にあった、てことだ。神や仏が入れば良いが、狐狸や悪鬼が入ったらサイテーってことだな」

 それが理由で、匣姫候補から外された。むしろ匣宮から抹消したいと思われるほどの汚点だったようだと、朋哉さんは続けた。

「その俺が匣姫になってしまうんだから、運命ってのはわからないものだね」

 つまり何事も諦めるには時期尚早というわけだ、と落ちついた声色で言う。
 同時に、安心するのも常に早すぎる、とも。

 一息ついて、綺麗な赤い唇は別の話題を取り上げた。

「優月。東龍後継が戻った」

「待って。さっきの話をもっと詳しく教えて下さい!」

 貴方の中にいるもう1人は何なのか――

 人差し指を唇の前に立てて、美しい先の匣姫は「それより大事な話だ」と薄く笑った。


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