龍のシカバネ、それに月
10
「蒼河さんの隊はもう出発したんでしょう? 南龍の面目がどうこう思うなら、追って蒼河さんの麾下に入るなり、案はいくらでもあるでしょう。言い争うより、朱李さまのご判断を仰ぐのが先です」
龍たちがわらわらと頭を下げて奥へ走って行った後、静さんが妙に真面目くさった顔で拍手しながら「ご立派です」と言うのを、恥ずかしく聞いた。
わざわざ言わないでくれれば良いのに。
「この雨量です。北龍が復活したかもしれない懸念もありますし、川の様子も心配ですね」
おかしなことが続く。
急な地震と豪雨。不審な人影。
自失したような紅騎さんに、突然出陣を決めた東龍……
(蒼河さん……。青鷹さんと違って『後継自ら先頭に立ったりしない』って言ってたのに)
動く様子のない南龍に、痺れを切らしたのだろうか。
西に龍はいない。
南が動かないのなら、東が動くしかない。
そう考えて、なんだろうか。
誰にも、多分藍架さま以外には誰にも言わずに。
「……部屋に、戻ります。戻って、皆に力を送ります」
僕は僕の、できることをしないと。静さんが「はい」と頷くのを聞いて、僕は踵を返した。
襖を開いて、寒椿の几帳をすぎる。
朋哉さんが、目を覚まして半身を起こしていた。
「起きてたんですか、朋哉さん」
僕の声に反応して、振りかえる。
その口元が、婉然と笑った。
「朋哉さん……?」
口の端を引きあげただけの、艶を含んだ笑み。
笑っているのに背筋がぞっとする何かが走り抜けるような。
「優月……」
「――? はい」
柔らかく微笑をうかべて僕の名前を呼ぶ声は、深く、甘い響きを持っていた。
目が合うと、にっこりと笑う。
「早く、皆に力を送ってあげないとね……」
「あ……はい。そうするつもりです。明日どうなってるかわかりませんから、朋哉さんは今夜は温存して眠って下さい」
うん、と頷いて目を細める。
愛しい者でも見るかのような、とろけそうな笑み。
美しいと、散々謳われた先の匣姫にそんな顔をされると、焦ってしまう。
「おっ、おやすみなさい」
どうしてだろう。
目の前にいる朋哉さんが朋哉さんじゃない別人のような、そんな気がして。
「……おやすみ。頑張ってね、可愛い匣姫さま……」
「……っ!? 可愛っ……」
くすくす笑いを残して、布団に潜りこんでいく。
(可愛いって! わけわかんない人だな、ホントに!)
いやいや。
この非常時に朋哉さんの悪ふざけにつきあってる暇なんかないんで。
少し熱を持ってしまった頬を撫でる。
美人の微笑って、罪だ。
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