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龍のシカバネ、それに月
9

「どうしよう……僕の術が、空に穴を開けたから、こんな大雨が!?」

 きょとんとした顔の静さんが、少しの間を開けて「何か、術を使ってらしたんですか?」と問うてくる。

「青鷹さんを守る術だけど、その直後に地震が起こったんです。もしかして、離れを壊した時みたいに、力が別のところに飛んで行って、空に穴をっ……」

「まさか。だいたい、空に穴って開くものなんですか?」

「……っ!? 静さんが言ったんですよ!? 空に穴が開いたみたいって!」

「ただの比喩ですよ。可愛い方ですよね、優月さまは」

 忍び笑いで顔を赤くしながら言うのを聞いて、僕まで恥ずかしさで紅潮してしまった。
 ありえないことが日常になりすぎていて、比喩的表現までまともに捉えてしまう。

(こんな日常、嫌だっ……!)

 でも、と静さんはまた空を見上げた。

「水を司るのは北龍の力……この雨が影時さまに関係していないと良いのですが」

「えっ……」

 雨が、北龍頭領 影時の力だとしたら、対峙していたはずの青鷹さんはどうなったというんだ?考えを巡らせていたのを、南龍だと思われる声が破った。

「……って下さい! それでは南龍の立場はどうなるんですか! 紅騎さまは必ず戻って来られます!」

 静さんも何事かと、そっちに目をやっている。

「少し見て参ります。優月さまは朋哉さまのところにお戻り下さい。この騒ぎで、お目覚めになっておられるかもしれません」

「待って。僕も行きます」

 静さんについて廊下を進むと、南龍たちが集まって、1人の東龍に言いつめているのが見えた。
 屋敷を訪問したと思われる東龍は、この雨の中を駆けてきたのか、全身びしょ濡れだった。

「何かあったのですか?」

 静さんの落ち着いた声色にこっちを振り返った龍たちが「匣姫さま」と口にして、一斉に頭を下げた。

「お辞儀とか良いから、どうして言い争ってるのか教えて下さい」

 南龍たちはばつが悪そうに顔を見合わせた。その隙間を縫うようにして、東龍が言葉を差し入れてきた。

「この雨は北龍のものに違いないと、蒼河さまが出陣なさいました。私はそれを朱李さまに伝令に参ったんです」

「! 蒼河さんが!?」

 思いもよらなかった話に、続きの言葉を見いだせずにいると南龍が反論した。

「東の! 勝手なことを! 出陣は我ら南龍と軍議で決まっていたものを!」

「紅騎さまがおいでにならないのだろう! 紅騎さまなしでは、南龍は出立できない。代わりをつとめられた蒼河さまのご決断は間違いではない!」

 また争いが始まりそうな空気に「今、言い争ってる場合じゃないでしょう!」と口が勝手に叫んだ。

 匣姫の一言とばかりに、場がしんと静まり返る。
 静さんまで、驚いたような顔で僕を見ている。
 慣れない注目を浴びると、焦ってしまいそうになる。


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