龍のシカバネ、それに月
7
「いた! 紅騎!」
灰爾さんの鋭い声に振り返ると、庭の隅を横切って、ゆっくりとした足取りで歩いている紅騎さんの姿が見えた。
砂利を踏む足取りはいつもの紅騎さんより少し遅い。
伸びた背筋と前を向いた視線。
その2つは変わらないのに。
(どこか、おかしい)
どこがどうだと、上手く言えない。
言葉にできないことがもどかしい。
「紅騎!」
灰爾さんの声に気づいた紅騎さんは足を止めて、振り返った。
こっちを、灰爾さんを見たと思う。
それなのに、何の言葉も口にせず、また歩き出した。
「紅騎、どこに行くんだ!? こんな夜更けにふらふらしてる場合じゃないだろう!」
灰爾さんはさっき、何と言った?
紅騎さんが隊を連れて北龍に対峙?
(無理だ)
灰爾さんの後を追って、紅騎さんに近づいた。
両肩を掴まれた紅騎さんは、正面にいる灰爾さんを見ていない。
「……こ、ひめさま……」
乾いた唇が小さく呟いた。
(“はこひめさま”……?)
「何を言ってる? 紅騎、しっかりしろ! おまえに命を預ける龍のことを考えろ!」
激高する灰爾さんが、言葉の途中でふいに空を見上げた。
雨だ。
それも、まるで夕立のような激しさで降りそそいでくる。
空を仰いだ一瞬の隙をついて、紅騎さんは灰爾さんの手を振り払って、駆け出した。
「紅騎!」
その背中を灰爾さんが追っていく。
方向は、僕が壊した離れのほうだ。
負傷した龍たちも移動させた後の離れ屋敷は、半分無事だが誰も寝起きしていない。
(そんな場所に、どうして?)
そういえば前にも、夜中に紅騎さんが歩いているのを見た。
あの時も、離れの近くだった。
(離れに、何かあるのか?)
雨は激しさを増してくる。重くのしかかってくる雲は濃い灰色をしていて、バケツをひっくり返したような雨が落ちてくる。
気づくと、灰爾さんの後を追っていた。
追いかけているつもりだった。
びしゃびしゃと音を立てる足元に構わず、曇る視界に、何度も目元をこする。
頭上に落ちた雨は顔中に筋を辿って、顎からしたたり落ちていく。
雨のラインに視界を遮られた向こう側に、焼け焦げて崩れた離れ屋敷がある。
「……っ……」
一度立ち止まって、再び足を進めた。
泥の感触が生々しく伝わってくる雪駄は濡れそぼり、すでに履き物としての役目を果たしていない。
気味の悪い音を立てて、離れに近づいていく。
倒れた黒い柱をまたいで、濡れた木々の隙間を縫う。
倒壊部分は悪視界にもかかわらず、ほぼ見渡すことができる。
柱と柱の重なりに手をかけるが、そこはびくともしなかった。
離れに何かあるとすれば、無事なほうじゃないだろうか。
例えば、僕の知らない扉、知らない部屋、知らない階段……知らない、人。
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