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龍のシカバネ、それに月
4

 じゃり、と砂を踏む。
 知らず、足に力が入ってしまった。

(残された朋哉さんは、どう思ったんだろう)

 父さんが母さんと出ていった時、朋哉さんは10才だったと聞いた。
 匣宮は失った匣姫(父さん)の代わりに、新しい匣姫を、急ぎ育てることになった。
 選ばれたのが朋哉さんで。
 そこから18才で、東龍後継だった波真蒼治さんに配置が決まるまで、血の滲むような修業の日々が続いたに違いない。
 この数日、匣姫教育をしてもらってきたから、わかる。
 朋哉さんがどれほどの能力を持った術者なのかが。

 好きだった珠生さんとも別れなくちゃならなくて、挙げ句のはてに、北龍に拐われて。

 匣姫の道を捨てた父さんと、運命を享受した朋哉さん。
 二人は幸せだったのか? 
 僕は……どっちを選べば良い? 

 視界に広がる庭園の池。
 水面は常に風に揺らされて、一向に月の形を再現する気はないようだ。

(青鷹さん……早く、無事に帰ってきて。貴方は僕の指南役なんだから、僕を、導いてくれないとダメじゃないですか……)

 こんな憎まれ口を心の中でなじりながら、覚えたばかりの守護の文言を唇に乗せた。
 朋哉さんに教えてもらった、青鷹さんの居場所。

「これは精神世界での座標であって、現実の場所を特定できるものじゃないから、実際に隊を率いて行こうとしても無理な話だよ?」

 そんな注釈つきだったけど、基より相手を攻撃するだけの能力を持たない僕だ。
 守護の術が青鷹さんに届けることができるだけで充分だった。

(力よ、飛んで行って、僕の代わりに青鷹さんのことを守って)

 体の中で暖めた力を、朋哉さんに教えてもらった場所に向けて飛ばす。
 力は目に見えない。
 僕から出ていった力が、どんな軌跡を描いて、どこへ向かって行ったのか、見ることは叶わないけど。

(青鷹さんのもとに届いてると信じたい)

 今できることはこれだけだ。
 負傷した龍たちに、離れた場所からでも、ゆっくりと力を分けてあげること。
 離れた場所にいる青鷹さんを守る力を投げること。
 それらの力を元通り、片付けること。
 修得したのはそれだけ。

 匣姫の匂いはまだコントロール不能で、その上、まだ一人で薬を使うことができなくて、朋哉さんを呆れさせている。

「一人で処理してても、普通は間に合わないぐらいの年頃なのに、優月は健全な男子とは思えない。ある意味、匣姫として生まれるべくして生まれたって感じだな」

 認められているわけじゃ……ない、と思う。
 やっぱり呆れられてる。

「っ!?」

 視界の水面が大きく揺れたように見えた。
 風じゃない。
 何か、震動したような。

 思わず立ち上がると、後ろに灰爾さんが立っているのに初めて気づいて、ぎょっとした。

「灰爾さん! いつからここに?」

 ごめんなさい、気づかなくて。
 そう続けると、パジャマにカーディガンをかけた姿で「いや」と短く返してくれた。


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あきゅろす。
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