龍のシカバネ、それに月
3
「南龍頭領後継に注意してやってくれ。できれば誰かに監視させろ」
「南龍後継って、紅騎さんですか? どうして……」
僕の質問に、朋哉さんは答えず「始めるぞ」と板の間に立ち上がった。
聞きたいことはまだあるのに。
静かな夜だ。
寝所を南龍屋敷本棟に移動してから数日が経った。
真っ赤な寒椿が描かれた几帳のある板の間に、朋哉さんは寝起きし、僕と静さんはその隣室の部屋に布団を敷いている。
一日の疲れが出ているのか、静さんは枕に頭をつけると同時に寝息を立てた。
僕はというと、数日にわたる“匣姫修業”を受けているのにもかかわらず、体のほうはほとんど疲れを感じていなかった。
「それは自覚できてないだけだよ。今まで経験したことのない力を使って、それを操っているんだ。それも普通は十数年かけてやることを、一息にね。疲れていないわけがないだろう? わかったらその無自覚で馬鹿な体を、さっさと布団に片付けて。うろうろしたら承知しないから」
朋哉さんが早口でくれるお説教に、はいと頷いて、横になったわけだけど。
(眠れない……なぁ)
ゆっくりと上掛けを足元にたたんで、軽い羽織を肩からかけると音を立てないように部屋を出た。
寒椿の花が見えなくなるまで襖を閉め、ひんやりとした廊下を裸足で歩いた。
どこへ行こうという思惑があるわけではない。
離れにも、そういえば東龍、井葉の屋敷にもあった吊るし燈籠が、その細かい細工を風にしゃらしゃらと儚い音を鳴らしている。
燈籠とは名ばかりで、灯りの入っているものはない。昔は実際に火を入れて実用していたのだろう。
(『昔』か)
小さな夜風に紙を揺らされながら、庭へと続く石段に置かれた雪駄に足を差し入れた。
何かの繊維を編んだような雪駄の表面が、足の裏を刺激して心地良い。
石段を下りると、庭園が広がっていた。池のほとりに、明るい照明が輝いていて、周りが見渡せるほどだった。
(昔々……彼らはいつから、こんなことを繰り返しているんだろう……)
龍として生まれ、龍として生きる。
色名を賜った者は、匣姫を求め、その力を手に龍を統治する。
求められる側である匣姫もまた、匣姫として育って、匣姫の道筋を生きていく。
雪駄の裏に細かい砂利を感じながら、僕は池のほとりに腰を落とした。
水面に、月光がきらきらと細かく光っている。
(龍として生きるのが、匣姫として生きるのが嫌だと思った人はいなかったんだろうか)
軽くそんなことを過らせて、愚問だったことに気づいた。
いるじゃないか、すごく近くに。
匣宮月哉と、保村桜子。
父さんと母さん。
西龍 雪乃さまに配置されることが決まっていたのに、二人は手に手を取って、この場所を離れた。
匣姫でもなく、龍でもない新しい人生を生き直すために。
僕は父さんの思い出は持ってないけど、幸せだった記憶は残ってる。
母さんが選んで残してくれた記憶だけしかないのだとわかっていても、そうした理由は愛されていたからなのだとわかる。
僕を、匣姫の道に行かせたくなくて……でもその二人の末路は……。
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