龍のシカバネ、それに月
2
「は、はいっ」
そうだったのか。
薬で匂いを抑えるってことは、力を抑えているのと同じことだったんだ。
誰かを守るとか、術を使うのにはもちろん力を抑えていないほうが効力があるのだろう。
個人的にも薬を使うのは……恥ずかしいし、その、抵抗もあったから自力でコントロールできるようになると助かる。
「それと」と今度はわずかに怒気を含んだ声色が頭上から降ってきた。
顔を上げると細い眉を潜めた朋哉さんが、責めるような目つきで僕を見ていた。
「さっき、『手伝ってもらってる』って言った? 何を? もしかして、誰かれなしに薬を挿れてもらってるわけ?」
「え。……その、……はい。自分で……無理で……あの……」
いけなかったですか? と聞くのが精一杯になるような表情で、朋哉さんは「当たり前だろう!」と強い語調で言い切った。
「匣姫が体を触れさせるのは、龍に力を与えるのと同じことだ。深く繋げばそれだけ多くの力を与えることになる。だからこそ、匣姫の配置先は時間をかけて選定される。『どの龍に』力を与えるか、は四龍の存続をも左右するからだ。
それを誰彼かまわず触らせるなんて……匣宮で指南されないことが、これほど恐ろしいことになるもんだとは思わなかった……」
「ちょっ! 変なこと想像しないで下さい! 誰彼かまわず……その、してるみたいな言い方っ……。手伝ってもらってるだけです!」
まったく……と呆れたようにこぼす朋哉さんが思案して腕を組んだ。
「じゃあまず、力の開閉コントロールと、それから遠隔防御法と、飛ばした力のコントロール法、それから……」
「あの、そんな一度に全部教えてもらってもわからないと思います。これからずっと朋哉さんはここにいてくれるんでしょう? だったら、頭領後継のみんなみたいに、補佐をさせてもらいながら順に教えてもらうことも……」
言葉を続けられなかったのは、朋哉さんが僕の話を吃驚したような顔で聞いているのを見てしまったからだ。
大きな目を見開いて、腕を組んだまま。
「……朋哉さん? どうしたんですか?」
名前を呼ばれて、はっと我に返ったような顔をする。
ついと視線を降ろして「優月」と呟くように僕を呼んだ。
「はい」
一瞬瞑った目をゆっくり開いて、視線を合わせる。
でもまたすぐに、するりと逃げていった。
「俺の教えることを早く覚えろ。あと。
俺を、全面的には信用するな」
続いた言葉に、返せる言葉がなかった。
“信用するな”?
先の匣姫である、朋哉さんを?
それは、一時でも北龍に加担していたという呵責からの言葉なんだろうか。
でもそれは脅されてやっていたことなんだし、朋哉さんはずっと珠生さんを守ってきた。
その事実は三龍だって理解しているはずだ。
だからこそ、“先の匣姫”として朋哉さんを救いだし、受け入れた。
(それなのに、今になって『全面的には信用するな』って、いったい……)
それと、と続く声に視線を合わせた。
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