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龍のシカバネ、それに月
6

「これ、郵便物です。こっち海路さんで、こっち青鷹さんの分です」

 2つ塊を手渡してくれた代わりに、優月の持つビニール袋を持ってやる。
 台所に直進しながら、野菜の価格の話をする優月に頷いて、受け取った郵便物の差出人をチェックした。

 葉書に、懐かしい筆跡が並んでいるのを見つけた。

『久賀理玖』

 裏を返すと、おびただしい洋服に囲まれた古い店の写真に「開店します」と理玖の字が並んでいる。
 昔から身につけるものが好きだった理玖らしい仕事だ。
 もっとも、飽きやすいのが玉にキズで、開店も多ければ閉店も多い。
 今度はいつまで続くのか。
 理玖には、あの晩の記憶が欠落している。
 北龍に追われて、母に手を引かれて逃げた記憶はあっても、雑木林の記憶がない。

 理玖の中で理玖は、幼かったころに持っていた色名の力はそのまま成長することなく、消えてしまったことになっている。
 この現実を受け止めきれなかったるり子もまた、色名を失った。

 だが、昔ほど俺を敵視しなくなった。
 何か別のものまで色名とともに消えてしまったのではないだろうか。
 頭領への執着、父への執着、理玖への執着……すべてが濾過されてしまったかのように、るり子は旅行と称して出かけることが多くなって今に至る。
 今度は南仏だ。

「お昼ごはんね、あじの焼いたのと、卵焼き、お味噌汁にします」

 3品もある! お昼から豪華でしょ! と満面に笑みを浮かべる優月の話を、前半聞いていなかった。

「……え?」

「っ!? もしかして、少ないって思ってます!?」

 三本指を立てた手を、顔を赤く染めながら慌てて引っ込めるさまが可愛くて。
 つい……手が出てしまう。
 腕を引いて、抱き寄せる。
 小柄な体を腕に抱いて、耳元に鼻先を寄せると、匣姫の甘い匂いがして。

「は、青鷹さんっ……たまご焼けません」

「いい。このままで」

 このまま抱いていたい。
 甘い香りを独り占めにして、このまま。
 小さな頭が胸元にこつんとぶつかってきて、聞こえないようにか遠慮したような吐息を感じた。

「すみません……僕、生卵苦手なんです……」

 だめだ。
 笑いそうになる。

 忍び笑いを優月の肩で隠して。
 疑問符を浮かべた顔の優月をそのまま抱きしめた。









【SS 了】

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あきゅろす。
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