龍のシカバネ、それに月
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その声も、だんだんと遠くなっていくように感じた。
「んんっ……ふ、う……」
唇で繋いだ小さな体から、濁流のように力が流れ込んでくるのがわかる。
一人の色名龍の体にどれほどの力が注ぎこまれているのか、璃玖が特別なのか、いまだそれをわかるすべもない。
永遠にも思える気の遠くなる時間が過ぎていく。
いつ北龍の攻撃を受けるか知れない場所で、俺は血の繋がった弟の唇から、体内に宿る光のすべてを貪り喰った。
長い長い時。
血の池の空の光る龍の戦。
現れては消える黒の影。
手の内にあるのは小さな弟の首筋。
「…んっ…」
力を失っていく璃玖は意識をなくし、高い声で「ハル兄ちゃん」と呼ぶこともなくなっていく。
力が抜けたせいで小さく開いた唇の端から、唾液がこぼれていく。
璃玖はただ、龍の力の器として、空っぽになるのを待っている。
血の池に放り込まれた匣姫のように、璃玖もまた、空の器になるのを待つだけの人形のようだ。
「璃、玖…やめ…」
叫び疲れた瑠璃子は、ぐったりと巨木に体をもたれさせ、絶望的な目で俺を見ている。
柔らかな唇から、自分の唇を離すべき瞬間が、自分でわかっていた。
璃玖は空になった。
龍の力を俺にこじ開けられ、より強い力に服従し、自らを差し出した。
その方法を、どうしてその時の自分にわかっていたのか今をもってしてもわからない。
他人の力を奪う。
それができたのはあの瞬間だけだ。
同じことをすれば、万人の力を奪えるのか、それもわからない。
相手が璃玖だったからできたのかどうかも。
龍が他の龍の力を奪うことができるなどと聞いたこともなかったし、その方法があるのかもわからない。
ただ、できたのだ。
あの時の俺には、璃玖の力を奪うことができた。
あの時、瑠璃子が俺を殺そうとしなければ。
あの時、瑠璃子が璃玖を連れていなければ。
あの時、雑木林ごと北龍が攻撃していたら。
数々の「もしも」を考えては打消し、現在も俺はここに在ってしまっている。
「青鷹。龍はなぜここに在るのだろう?」
先の匣姫がさらわれた後、次期東龍の座にしぶしぶ着いた碧生さまが、ふとそんな問いかけを投げてきた。
呪詛の翌年、13才になった俺は、龍の力を認められ、碧生さまに仕える身になっていた。
上にのぼることなど望んでもいない。
そんな人間に、道だけが勝手に開かれていく。
『龍の力を認められて』?
元々、生まれながらの色名龍だった俺の力は、この一年で急激に増した。
成長期だったのだという人がいる。
……本当にそうなのか?
この力は“俺の力”なのか?
──まるで、同胞(はらから)でも食ったかの勢いだな。
“龍殺し”と誰かが密やかに噂したその言葉が、俺の耳に入ってくるようになったのはすぐだった。
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