龍のシカバネ、それに月 2 ほとんど力を持たない海路にとって、龍の存在などないも等しかったのだろう。 普通の子供として勉学に励み、学力を伸ばしていた海路は、龍とは関係のない世界で生きる能力を伸ばしていた。 それを、俺は半ば羨ましいと思っている。 その気持ちは今でも変わらない。 なければ別の道を行ける。 自由になれる。 力があるというだけで、この血脈に存在するだけで、道は限られる。 反面、海路は海路でおそらく、二人の弟に顕れた龍の力が自分にはないことを、心辛く思っていた時期もあったのだろう。 瑠璃子は俺が色名を失うことを望んでいた。 俺に力がなければ、もしくは色名を名乗れるほどの力がなければ、父はおそらく璃玖を久賀の頭領に指名するはずだ。 次期東龍に推されるかどうかは、それ以後の本人の実力で、父といえどあずかり知らぬ話になる。 だが、瑠璃子のことだ。 その後の道筋が開かれれば、必ず璃玖を推したはずだ。 北龍による呪詛のあった夜。 空は赤く燃え、血の池のように色づいた空に、無数の龍が飛んでいた。 緑……赤……白……そして黒い龍たち。 まるでそれらの龍に捧げられる生贄のようにして、匣姫は血の池に消えて行った。 飽きられた人形が、うち捨てられるみたいだと子供心を凍りつかせて、思った。 「子供はこっちだ! 色を持たぬ者も皆、従いてこい!」 碧生さまの率いる兵たちに誘導され、開かれた三龍屋敷の避難する。 走ることや飛ぶことを禁じられ、ただ俯いて歩く。 俺も、まだ6歳だった蒼河の手を引いて、列に加わっていた。 蒼河は俯き加減に歩いていたが、時折、誰かを探すように視線を移ろわせる。 「お母さまが」 うん、と返す。 母親を探していたのか、と合点をいかせながら、煤だらけの顔を上げた蒼河の視線を目で追った。 そこにいたのは瑠璃子と璃玖だった。 どうやら蒼河は『(青鷹の)お母さまが(いる)』と言いたかったらしい。 美しい和服姿を煤まみれにし、俺と同じ緑の狩衣を着た8才の璃玖の手を引いて、ぼう、と幽霊のように立っていた瑠璃子が、俺に手招きをしている。 白い手が、赤い空の中ハンカチが揺れているように見える。 「青河。列から絶対はぐれずに、従いて行け。東龍屋敷で家族に会えるはずだから」 うん、と頷いた蒼河の手を放して、俺が列を離れるのを見た瑠璃子は、雑木林の奥へと歩いていく。 璃玖の手を引いて、どんどん奥に進んでいく義母は幽霊のようだった。 無言で、子供を連れているというのに恐ろしいスピードで進んでいく。 (まさか、狐狸の類じゃないだろうな) この混乱の最中、狐狸に化かされている場合ではない。 時折不安になって避難の列を振り返る。 蟻の行列のように小さく見える列から振り返ったところで、激しい衝撃波をくらった。 「──っ!?……」 まさか北龍の攻撃かと、打ち付けられた巨木の根本から立ち上がると、悪鬼の顔をした瑠璃子が、手のひらから光を滲ませていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |