龍のシカバネ、それに月
1
この体に残る、力を奪い取る感覚。
どれほど消したいと望んでも、贖罪を突きつけるそれは、消えるはずもない。
「青鷹。龍はなぜここに在るのだろう?」
…………。
……。
「青鷹さん。いらしたのね」
久賀邸のリビングを通り過ぎる時、大きなスーツケースを傍らに、義母がティーカップを手にしているのが見えた。
すらりと伸びた細い脚を組み、悠然とソファに腰を沈ませる姿はあいかわらず美しい。
「……るり子さん。ご無沙汰しております」
「海路さんは、お元気にしていらっしゃるかしら」
ええ、と通り一遍の挨拶を交わしながら、まだ衰えない美しい容貌を薄く見る。
幼い頃、母が亡くなってすぐ現れた義母を美しいと思ったその感覚は、今でも変わりない。
「……理玖(りく)は、あの子は元気にしてるかしら」
「連絡はありませんが、元気にしているんでしょう」
そう、と少し視線を落として呟くように言う。
理玖は、弟は母親に連絡を取っていないようだ。
小さな白い腕と脚。
8才だった理玖……義母の実子、璃玖(りく)をこの手にかけたのは、12の年だった。
匣宮が呪詛で壊滅した年。
前妻の子である海路と俺には絶対に「お母さん」と呼ばせなかった義母は、久賀の頭領に璃玖を強く推していた。
海路と俺の母親である七海(ななみ)は、龍ではなかった。
父 久賀義青(よしはる)は龍の力に頓着する男ではなかった証でもあるだろう。
波真蒼冶(はま そうじ)とともに次期東龍頭領に、と謳われる声も、父にとってはどうでも良かったのだ。
兄 海路を生み、俺を生んだ母は、そのまま鬼籍の人となった。
産み落とした子が、生まれながらの色名龍で、その力に体の弱い母は耐えられなかったというのがその理由だ。
母が色名龍の子を産むことなど、誰も予想していなかった。
龍ではない母親から、色名が生まれることなど、父ですらも。
言い換えれば、それほど父の力が強かったのだと言えるのかもしれない。
だがそれは父にとって賞賛ではなく、ただ自責を強めるだけの言葉だったようだ。
間もなく、父の力を惜しむ東龍頭領 藍架さまからの強い勧めで、久賀の家に新しい母が現れた。
久賀瑠璃子。
強い力を持つ色名龍だった彼女は、当然のように、生まれながらに力を持つ子供、璃玖を生んだ。
前妻の子供たちに無関心だったはずの瑠璃子の目は次第に、わが子と同じ色名龍である俺に向けられることになった。
「あんな女のことは、気にするな」
海路は、兄さんは言葉通り、瑠璃子を視界にも入れずに生きていた。
瑠璃子だけじゃない。
海路は、龍というもののすべてを、意識から消して生きていた。
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