龍のシカバネ、それに月
10
ふわふわと揺れる光のそば、一点から何か温かいものがあふれてくる感覚がある。
少しずつ流れ出て、体のあちこちに流れていくような……。
(何だろう……これ……)
「最近、手が痺れるようなこと、ない?」
手のほうを触っている朋哉さんの手が、ぎゅっと力を入れてくる。
その痛みで我に返って、薄く目を開いた。
細い視界の中の朋哉さんは動じることもなく、質問の答えを待っているようだ。
夕べ、静さんの入れてくれたお茶を取り落してしまったのを思い出した。
「あり、ます……一度だけ」
そう、とまぶたの向こう側で朋哉さんは言った。
「きっと影時のせいだね。こっちも対処しておくから」
「…………?」
何のことを言っているのかはわからない。
そのまま、ひんやりとしたものが消えていく感覚があったり、手と同じで痺れる感覚があったり、暖かいものが流れ込んできたり。
「んんっ……」
「良いよ。感じるままに、出しなさい」
目まぐるしい感覚の波に翻弄されて、朋哉さんが「終わったよ」と言ったころには、ずっかり疲れ果てていた。
全身が汗に濡れた感覚がある。
下衣も、自分で溢れさせたものに濡れて。
「……っ──」
羞恥に顔に朱を差し入れて薄目を開くと、僕と同じように疲れた様子の朋哉さんが視界に映った。
「…………。今のは、何だったんですか?」
「代々、次の匣姫にやる作業だよ。恥だなどと思わなくて良い。匣宮の儀は概ねそんなものだ。
蓋は開けておいた。使い方は自分で習得して」
『匣宮の儀は概ねそんなもの』という言葉にぎょっとしつつも、『使い方は自分で習得』のほうにも頭が凍った。
匣宮で育つことがなかった僕にとって、朋哉さんはやっと巡り会えた指導者だ。
さわりだけで終わるなんて、困る。
「僕だけでなんて、無理ですよ、そんなの。ちゃんと教えて下さい」
「本人が『無理だ』と言うんなら、それは『無理』なんだと思うけど」
あっさり言ってのける“先輩”の言葉にそれはそうだけど、と声にならない声が反論する。
とりあえず着替えてきたら、という言葉に気まずい気持ちになりながら、ありがたく従っておいた。
朋哉さんを板の間に残して、奥の寝室で濡れた寝間着を脱ぐ。
すぐに新しいシャツの袖に腕を通して、自分の体を顧みた。
とくに変わった様子はない。
握られていた影響でか、手はじんと熱い感じがするけど。
「お待たせしました」
着替えて戻ると、さっきと1ミリも動いていない状態で朋哉さんが「うん」と返してきた。
その黒い目の前にもう一度座る。
「あの、まず。“力を放つ”っていうのをやってみますから。見ててもらえますか?」
うん、と多少面倒だと滲みでている顔が頷く。
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