龍のシカバネ、それに月
9
「優月」
背後の襖がさらりと開いて、眉間に皺を刻んだ朋哉さんが顔を覗かせた。
龍たちがこぞって「美しい」と嘆息し、強引に攫われてしまったほどの美貌は、どんな表情でも吸い込まれそうに美しい。
忘れそうだけど、この美しすぎる人と自分が、叔父甥の関係だということが、いまだに信じられない。
「早くしなさい。俺を待たせないで」
「は、はい……」
色んなことを考えて、正直脳みそパンクしそうなんだけど。
とにかくパズルを完成させるには、ピースを集めるしかないのだ。
部屋に入って襖を閉めると、朋哉さんは僕の手を取って、それに自分の手を重ねた。
「はい、じゃあまず、移動して。俺は今あんまり力ないから、連れてって。場所は匣宮が良いかな」
「移動? 僕、免許ないんで歩きになりますけど良いですか?」
手を繋いだままそう返すと、朋哉さんはぴくりと眉を動かした。
機嫌を損じたことは、なんとなくわかるけど。
「優月はつまり……空間を跳ぶことはできないというわけ?」
呆れたような口調が痛い。
確かに朋哉さんの言うとおりなんだけど、いきなり「空間を跳べ」とか、ハードルが高すぎると思う。
「で、でも! 今、匣宮に行かないほうが良いと思います。朋哉さんが連れ戻されたのも匣宮だったし。龍がたくさんいる南龍屋敷にいたほうが安全です」
「……それもそうか。今、俺は衰弱して殆ど力が出せない状態だし、能力が眠っている優月に頼ることはできないしね……」
のんびりした口調だというのに、一緒にいるとグサグサ刺さってきてしまう。
ちょっと部屋を出ていきたくなっている僕の手を引いて、朋哉さんは梅花の几帳を過ぎた。
ついさっきまで敷いてあった布団が、部屋の隅にきちんとたたまれている。
寝間着のままの朋哉さんが、板の間にあぐらを組んで座った。
僕もそれに倣う。
「じっとしてて……」
片手を握ったまま、もう片手を額にかざして、長い睫を閉じる朋哉さんに倣って、僕も目を閉じる。
薄闇の中に、小さな光が見えてきた。
それが、朋哉さんの手から来るものなのだと、なんとなく理解したのは、一緒にいる時の空気と同じ感じがするからかもしれない。
「今から少しずつ、匣の蓋を開けていくから、そのままじっとしてて」
(“匣の蓋”……?)
初めて聞く台詞に疑問が浮かんだけど、朋哉さんの言うとおり、じっと目を瞑ったまま、揺れる小さな光を意識で追った。
「……っ……」
変、だ。
体が熱い。
手を握られているだけで、触れられているわけでもないのに、下腹が……疼く。
「じっとしていなさい」
「う……はい……」
そう返事はしたものの、息が上がっていく。
体の内側から撫でられているような、そんな感覚がぬるま湯の温度でゆっくりと広がっていく。
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