龍のシカバネ、それに月
7
紅騎さんもその視線を追って僕を見た。
「優月ですよ。今の匣姫です」
簡単な紹介を受けて、僕は朋哉さんにお辞儀をしてから、紅騎さんの横に腰を下ろした。
紅騎さんは朋哉さんと僕に視線をくれて「おかしなものだな」とぽつりと言った。
「いつの時代も、匣姫は一人。それが無人だった時期が12年も続いた後、今度は二人になるなんて」
ありがたいことです、と朋哉さんに向かって続ける紅騎さんに、当の本人は「ふうん」とあまり興味のなさそうな相槌を打っている。
「今の匣姫といっても、僕は……まだまだですから……」
そうだ。
先の匣姫が戻ってきたんだ。
そして病床の身でありながらも絶大な力を放つことができる強大さ。
(朋哉さんが、三龍のための匣姫としてここに在るべきなんじゃ……)
ぐるぐると思考をめぐらせていると「優月、だっけ?」と硬質の声が飛んできた。
朋哉さんの声だ。
「は、はいっ」
黒すぎる美しい目が二・三度瞬き、じっと僕を見つめてきた。
その視線を追って、紅騎さんも何事かと僕を見る。
「優月、二人きりで話したいことがある」
「えっ……」
僕のほうから聞きたいことなら山ほどあるけど、朋哉さんのほうから話したいことって……何だろう。
「返事は『かしこまりました』」
「かしこまりました……」
うん、と短く言ってから、今度は紅騎さんを振り返る。
「だから、おまえは持ち場に戻りなさい」
「──……かしこまりました」
二人の短いやり取りを見て、僕は凍りついていた。
(なっ……南龍頭領後継に向かって『おまえ』って……『戻りなさい』って……それに紅騎さんも『かしこまりました』なんて……)
立ち上がって、僕の背中を通り過ぎようとする紅騎さんがこつんと足先を当ててきた。
朋哉さんに気づかれないようにそっと視線を上げると、紅騎さんが顎で部屋の外を示してくる。
出てこいってことかな。
でも、朋哉さんに「話がある」って言われてるし……。
さっさと出て行ってしまった紅騎さんから、朋哉さんに視線を戻すと、先刻の黒い目がじぃっと僕を見つめていた。
「あっ、あの。ちょっとだけ……出てきても……」
「何で?」
有無を言わせない美貌がずいと近づく。
「ト、トイレに……」
こんな言い訳しか浮かばない自分が呪わしい。
朋哉さんの寝所の襖を閉じて廊下に出ると、欄干にもたれた紅騎さんが、いつも通りの不機嫌さで僕に視線をくれた。
「優月は、先の匣姫さまのこと……何か知ってるの?」
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