龍のシカバネ、それに月
5
「あ。そういえば朝陽、朋哉さん見なかった!?」
「とも……ああ、先の匣姫? 見ない。てか、気失ってたろ。見るも見ないも動けないだろ」
抱きしめてくれる腕を外しながら「それが寝所にいなくて!」と言うと、朝陽が小さく笑った。
「気失ってた先の匣姫が、どうやって消えんだ……」
消えた?
自分で言いながら、朝陽も表情を止めた。
慌てて寝所に向かう僕に、朝陽が足早に従いてきた。
「バカな。まさか北龍が、先の匣姫を取り返しに? だとしたら久賀は……」
「やめてよ、そんなの! そうだとは限らないよ!」
ごめん、と早口に帰ってくる。
今はそんなやりとりをしている場合じゃない。
廊下を走って、朋哉さんの寝所へ続く襖を開いた。
赤い梅花の咲く几帳に、間接照明がぼんやりと足元を照らす。
向こうが透けて見えるはずの几帳も、夜の闇には目を通さない。
几帳を過ぎて、朋哉さんの布団を視界に映す。
「……先の匣姫が、消えたって?」
呆れたように言う朝陽に背中をちょんと押されて、見える光景に目を見開いた。
布団の中、朋哉さんは安らかな寝息を立てている。
「嘘。だって、さっきは……」
確かに、布団には誰もいなかったのに。
焦る僕を見て、朝陽が息を吐いた。
「疲れてんじゃねえの、優月。頭領たちにこき使われて。『治療にずっと駆り出されてる』って、灰爾が言ってた」
「『灰爾さん』でしょ。呼び捨てにしないの、目上の人を」
ひとこと言ってやろうか? と僕の指摘は無視して言う朝陽に、慌てて首を横に振った。
「僕は、これしか協力できないんだから。この場をくれた朱李さまには感謝してるんだ」
まだ納得できないような顔をして、それでも朝陽は「わかった」と言ってくれた。
ほっとする。
「でも、ちゃんと寝ろよ? 久賀とか先の匣姫とか、気になるのは、わかるけど……」
うん、と返していると、奥の襖が細く開いて静さんが顔を覗かせた。
「優月さま、眠らないのですか……
っ!? 朝緋さまっ……!?」
慌てて敬意を表す静さんに、朝陽は「そんなんいーから」とだけ言って、僕と目を合わせた。
夕方は紅騎さんで、夜は朝陽。
二人の南龍後継の来訪に、静さんが慌てるのもわかる気がする。
「おやすみ、優月。今夜は、話せて良かった」
「うん、僕もだよ。ありがとう。正直に……教えてくれて」
薄く笑って、朝陽は梅花の几帳の向こうに消えて行った。
襖の閉まる音を聞いてから、改めて朋哉さんの寝顔を確かめる。
黒い睫毛はぴくりともせず、閉じたままだ。
ずっとここにいた証のようにも見えて、ため息をつく。
(どうして、朋哉さんがいないなんて思ったんだろう。そんなの、見間違えるものだろうか)
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